「このミス」大賞受賞の音楽小説
「さよならビュッシー」中山七里著 宝島社文庫 562円+税
ピアニストのフジコ・ヘミングは、16歳のとき中耳炎で右耳の聴覚を失うが、それでもピアノを続けてバーンスタインに実力を認められリサイタルを行うまでになる。しかし、リサイタル直前に風邪をこじらせ左耳の聴覚までも失ってしまう。それでも障害を克服し、今や世界的なピアニストとして活躍している。
本書は、火事で大やけどを負いながらもピアニストとして再生しようとする少女が主人公だ。
【あらすじ】香月遥はピアニストを目指す16歳。祖父は名古屋の資産家で、幼い頃から不自由なく暮らしていた。いとこの片桐ルシアは両親をスマトラ島沖地震の津波で失い、今は遥と一緒にピアノの練習に励んでいた。ところが、祖父とルシアと3人しか家にいないときに火事になり、祖父とルシアは焼死。遥は全身にやけどを負い、皮膚移植によって奇跡的に命を取り留めた。
生き残ったものの、もうピアノを弾くことはできないと諦めかけていた遥に希望を与えてくれたのは、音大の講師で気鋭のピアニスト岬洋介だ。岬の懸命なコーチによりコンクールに出場できるまでに回復するが、祖父が残した莫大な遺産をめぐって家庭内に不和が。遥が命を狙われるなど不吉な出来事が次々と起こり、とうとう死者が出る事態に。そこで警察も介入してくるが、その背後には大きな秘密が……。
【読みどころ】ピアニストを目指す遥の悲愴なまでのリハビリと周囲に起こる不可解な事件とが並走しながら物語が進んでいく。「このミス」大賞受賞作だけあって、アッと驚く結末も含めてミステリーとしての読み味は申し分ないが、遥が演奏するピアノの一音一音の描写は微に入り細をうがち、音楽小説としても秀逸。 <石>