「腐れ梅」澤田瞳子著
諸国の飢餓干ばつは凄まじく、政情不安の続く平安の世に、菅原道真をまつる社が出来ても不思議ではない。遠く太宰府で亡くなった不遇の右大臣の怨霊を鎮めなければもっと悪いことが起こる、となれば人々は大枚の金を積むようになるだろう。
そう考える者が現れてもおかしくはない。いつの時代にも知恵者はいる。神の粗製乱造は風紀を乱すとして取り締まりが厳しいが、まつる対象が菅原道真では役人もおそれて近づくまい。
というわけで菅原道真をまつる北野社がつくられるが、集まってくる人間たちの中には金儲け以外の動機もあったりするから、ややこしい。不遇の菅原一族の中に、亡き道真の神祭りに成功すれば浮かぶ世もある、と考える者もいるのである。ならば早く手をつけるにこしたことはない。と、一族内の争いが始まったりもする。
あの北野天満宮がこんなふうに始まったのかと思うと、複雑な感慨がこみ上げるが、澤田瞳子のうまさは、そこに一人の巫女を絡ませることだ。それが本書のヒロイン、綾児だ。
彼女は色を売って暮らす似非巫女である。面白おかしく毎日を過ごしていたが、こんな生活をいつまでも出来るわけがないと巫女仲間阿鳥に金儲けを持ちかけられる。それが菅原道真のご託宣をでっち上げるというもので、かくて人間たちの欲望の構図に彼女は巻き込まれていく。官能的な小説だ。澤田瞳子の傑作だ。
(集英社 1700円+税)