「秋田實 笑いの変遷」藤田富美恵著
漫才をはじめとするお笑い芸人は、今の若者にとって憧れの仕事のひとつ。このお笑い隆盛の土台をつくったのは「近代漫才の父」といわれるこの人だ。昭和52年、72歳で他界した後、膨大な資料が残されていた。小説、漫才台本、評論、笑話、未発表原稿、メモ……。秋田の長女である著者がこれを引き取り、丁寧に読み解いて、父の足跡をたどっている。
秋田實は明治38年、大阪生まれ。旧制大阪高校(現・大阪大学)時代、小説を書き始めると同時に、笑話に興味を持ち、海外のユーモア雑誌、小説や戯曲などから面白い会話などをノートに書き写していた。未来の漫才作家の基礎は、こうして培われていった。
東京帝国大学時代の左翼運動を経て、雑誌編集や執筆を行っていたが、昭和10年、吉本興業入社。漫才の台本を書き始めた。
だが、漫才作家の道は、敗戦で一度、中断される。戦時中、満州演芸協会の仕事で単身中国に渡り、そこで敗戦。
翌年に帰国するが、寄席も演芸場もほとんど焼け落ち、漫才どころではない。教師への転身を考えつつ、ボクシング雑誌の編集などで糊口をしのいだ。
しかし、漫才界は秋田實を放ってはおかなかった。秋田Aスケ・Bスケ、夢路いとし・喜味こいしなどの若手漫才師が、秋田の自宅に集まるようになり、MANZAIから2文字を取った「MZ研進会」を結成。秋田は彼らを「一人前以上の漫才師に育て上げたい」と願い、それが目標になった。
父の残した資料の中から、娘はこんなメモ書きを見つける。
「見るのはええ。けど、あんなもん書くとは、あほうなやつや……」
漫才が世間に認められていなかった時代の、父の複雑な心情に思いを寄せる娘の視線には、父への愛情がこもっている。
(中央公論新社 1850円+税)