「女が美しい国は戦争をしない」小川智子著
美容家・メイ牛山は、生涯を懸けて女性の美しさを追求したパイオニアだった。本名、高根マサコ。明治44年、山口県防府生まれ。塩田で働いていた父を早くに亡くし、母の手伝いをしながら育った。手先が器用で働き者、裁縫も料理もよくできた。きれいなものが大好きで、花嫁さんごっこをする時は、お嫁さんの支度係を買って出た。
妙齢になれば嫁ぐのが当たり前だった時代、マサコは18歳で単身上京、美容師の道を選ぶ。銀座のハリウッド美容室の講習所に入り、住み込みでアメリカ式の最先端美容技術を学んだ。
モダンガールのおしゃれを楽しみながら、人一倍の努力と持ち前のセンスで頭角を現し、オーナーの牛山清人から店長を任されるまでになった。
アメリカのハリウッドで早川雪洲の弟子だったという清人は帰国後、女性美を追求する若き実業家になっていた。清人は妻を肺炎で亡くした後、マサコと再婚、公私ともにパートナーとなり、新進美容家「メイ牛山」が誕生する。
しかし、戦争の影が忍び寄ってくる。質素を重んじる時代風潮の中で、パーマネントは禁止され、街からおしゃれが消えた。
戦中・戦後の5年間を疎開先の上諏訪で暮らした後、変わり果てた東京に戻ったメイは、新たな一歩を踏み出した。
「私の仕事は、これから日本中の女性をきれいにすること。女が美しい国は戦争をしない」
やがて、六本木材木町に東洋一といわれる美容サロンを開き、美容界のカリスマ的存在になっていく。天職ともいえる仕事に出合い、妻、母の役目もこなし、96歳で生涯を閉じるまで、現役を貫いた。そして、自らおしゃれを楽しむことを忘れなかった。
(講談社 1600円+税)