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湯浅誠

社会活動家・法政大学教授。1969年、東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。著書に「ヒーローを待っていても世界は変わらない」「『なんとかする』子どもの貧困」など多数。ラジオでレギュラーコメンテーターも務める。

「世界を見るフィルター」が変わってきている

公開日: 更新日:

「アルゴリズム思考術 問題解決の最強ツール」ブライアン・クリスチャン、トム・グリフィス著/田沢恭子訳 早川書房 2200円+税

 今の若者たちは「気合」とか「根性」とか、大嫌いだ。長時間労働で根性示すとか、マジあり得ない。その嫌いぶりは、気合や根性を連呼するおじさん上司に「そうっスよね」と相づちを入れるほどのものだ。おじさん上司に抵抗するのは気合や根性がいるからで、同意しているからではない。理由は簡単。不合理で非効率だから。

 ただ、それだけなら私はこの本を読まなかっただろう。読んだのは、根性があるとかないとかのレベルを超えて、「世界を見るフィルター」が変わってきているのではないか、と感じていたから。

 例えば、ある章の冒頭は、ベルリンの壁ができてから8年目に現地を訪れた科学者が「この壁による東西ドイツの分断はいつまで続くのか」と考えたというエピソードから始まる。いかにも歴史や国際政治の話に展開しそうなオープニングだが、筆者たちはこの問いを、「前のバスが行ってから7分後にバス停に着いた、さて次のバスはあと何分で着くと推測されるか」や、「付き合い始めて1カ月のパートナーを身内の結婚式に呼ぶべきかどうか」という問いと並置する。それがこれまでのデータから将来を予想する「ベイズの法則」という、コンピューター科学の重要な法則につながっていく。

 ベルリンの壁と付き合い始めた彼女の処遇ではコトの軽重が違うだろうとツッコミたくなるが、それは社会科学とか、公的事柄と私的事柄とか、ある「世界を見るフィルター」を前提としている。他方、両者が等価になるようなコンピューター科学というフィルターもあり、ジョブズとかベゾスとかのセレブたちの発言を見聞きする機会の増大から小学校でのプログラミング教育まで、人々の志向と思考は、そちらに同期し始めている。

 ほら、「同期」という用語自体が脳科学、IT由来だ。そうなると、理系の技術者でなくても、知らず知らず、そのフィルターを通して世界を見るようになるのではないか。私たちが社会科学系の学者でなくても、なんとなく天下国家が重要で、私的事柄は些末なことと感じているように。

 別に気合や根性の嫌いな若者にこびる必要はない。でも、何人と付き合ったら結婚に踏み切るべきかという若者たちの関心事を、「最適停止問題」というアルゴリズム思考で語れるおじさんの話なら、東西ドイツの分断をめぐる国際政治の話をしても、少しは耳を傾けてもらえるかもしれませんよ。

【連載】おじさんのための社会凸凹読本

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