「パンと野いちご」山崎佳代子著
「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、そして1つの国家」と形容されたバルカン半島の多民族国家・旧ユーゴスラビアは、1991年に始まる内戦によって崩壊した。
著者は78年に旧ユーゴスラビアへ留学し、サラエボ大学(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、リュブリャナ民謡研究所(スロベニア)で学んだ後、81年にベオグラード(セルビア)に移り、以後当地で暮らしている。本書は、著者の友人たちが、食物にまつわる記憶をたよりに、10年に及ぶ過酷な内戦について語った証言集である。
クロアチアで保育士をしていたゴルダナは、激しい空爆の中、ズッキーニの肉詰めホワイトソース和えを作った。彼女は言う、「料理をするということは、家族を集めることなの。……それは異常なことが起こっていることに対する抵抗でもあるのよ」。
ボスニアの病院に勤めていたリュビツァもまた、「食べ物とは、人々が集まる場所……心配、恐怖、愛、秘密のお話などをみんなで分け合う場所なのよ」と語る。そこに集うのは、セルビア人、クロアチア人、アルバニア人といった「民族」ではなく、一人一人名前を持った人間だ。
ベオグラードの日系企業に勤務するドラガナは、彼女が生まれたボスニアの小さな村ではみんな仲良しで、名字や名前、宗教や民族で区別することはなかったという。それがある日突然、「民族浄化」というおぞましい名の下に隣人同士の殺し合いが始まる。その不条理さに対する語り手たちの強い憤りがあふれている。
著者は「解体ユーゴスラビア」で内戦の中で生きる人々の肉声を届けてくれたが、ここでは内戦が過去になりつつある現在、改めてその意味を想起させてくれる。この持続力に敬意を表したい。 <狸>