「憎しみに抗って」カロリン・エムケ著 浅井晶子訳

公開日: 更新日:

「出てけ、出てけ」と怒号が飛び交う中、顔を歪ませた少年がバスを降り、最前列の2人の女性は恐怖におびえながら肩を寄せ合う――。ドイツ東部ザクセン州のクラウスニッツにバスで到着した難民たちを住民100人余りが取り囲み、収容施設への入所を阻んでいる映像だ。

 ところ変わってアメリカ・ニューヨーク州のスタテンアイランドの路上。体の大きな黒人男性、エリック・ガーナーが白人警官2人と言い争っている。ガーナーがたばこを不法に売っていると難癖をつける警官たちに対して抗議しているのだ。そのうち他の警官たちもガーナーを取り囲み、1人が彼の首を絞め、「息ができない」と訴えているにもかかわらず、そのまま首を絞め続け死なせてしまう。

 本書は、2016年、メルケル首相が難民受け入れを表明し、ドイツ国内で激しい論議が巻き起こる中、ジャーナリストである著者が政治的、宗教的、文化的な対立を超えた相互理解の可能性を示し、ドイツ図書流通連盟平和賞を受賞。著者は先の2つの例をはじめ、なぜ世界中で他者への集団的な憎しみが高まっているのかを分析する。

 そこに共通するのは憎む対象に対する根拠なき敵意だ。ある集団(ユダヤ人、女性、黒人、性的マイノリティー、難民、イスラム教徒……)をよく知ろうとせず蔑視し、不純なものとレッテルを貼り、その対象なら、好きなように誹謗(ひぼう)し、おとしめ、怒鳴りつけ、暴力を振るってもいいと思い込む。

 では、こうした憎しみに立ち向かうにはどうしたらいいのか。それは憎む者たちに欠けている姿勢をとることだ。つまり、相手を正確に観察し、差異を明確にし、自分を疑うことをやめないこと。これによって、憎しみという不明瞭な塊がひとつの要素に解体される。憎しみが蔓延(まんえん)する現在、本書は希望の碇となるだろう。

(みすず書房 3600円+税)

<狸>

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    僕がプロ野球歴代3位「年間147打点」を叩き出した舞台裏…満塁打率6割、走者なしだと.225

  2. 2

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  3. 3

    “玉の輿”大江麻理子アナに嫉妬の嵐「バラエティーに専念を」

  4. 4

    巨人「先発6番目」争いが若手5人で熾烈!抜け出すのは恐らく…“魔改造コーチ”も太鼓判

  5. 5

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  1. 6

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 7

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  3. 8

    【独自】フジテレビ“セクハラ横行”のヤバイ実態が社内調査で判明…「性的関係迫る」16%

  4. 9

    大江麻理子アナはテレ東辞めても経済的にはへっちゃら?「夫婦で資産100億円」の超セレブ生活

  5. 10

    裏金のキーマンに「出てくるな」と旧安倍派幹部が“脅し鬼電”…参考人招致ドタキャンに自民内部からも異論噴出