「スタンドアップ!」五十嵐貴久著
ボクシング小説である。リングに上がるのは沢口愛33歳。つまり、女子ボクシングの世界を描く長編である。それだけでも異色だが、いやあ、すごいぞ。
7年前に結婚した真利男のDVに、愛はずっと悩まされていた。この長編は、そのヒロインが幼い娘を連れてDV男から逃げるところから始まっていく。で、マンガとアニメオタクが集う新大久保の店で働き始める。
事態が進展するきっかけは、同僚のモモコがダイエットのためにボクシングジムに通いだすこと。モモコはひとりでは心細いと愛を誘うのである。1カ月間無料と聞いて、ヒロインも通うことになるが、モモコは早々に断念し、残ったのは愛だけ。ボクシングの魅力を知った彼女はジム通いを続けるのである。こうなればヒロインがリングに上がるまではただの一歩だ。
記念のためにプロテストを受けただけなのに、すすめられるままリングに上がったものの、全然勝てないのに、ひょんなことから美闘夕紀の相手に指名されるのである。美闘夕紀はオリンピック女子フライ級の銀メダリストで、将来を嘱望されたボクサーだ。愛が勝てるわけがない。ようするに、かませ犬だ。
ところが、そのリング上の戦いが白眉。何度ダウンしてもヒロインは立ち上がるのだ。もう私は逃げない、絶対に逃げない、と何度も立ち上がるヒロインの姿に、目頭が熱くなってくる。ラスト70ページが圧巻だ。
(PHP研究所 1700円+税)