「原民喜 死と愛と孤独の肖像」梯久美子著

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 作家で詩人、原民喜の評伝は、その最期の日から書き起こされている。昭和26年3月13日の深夜、国鉄(現JR)中央線の西荻窪駅と吉祥寺駅間の線路上に身を横たえ、鉄道自殺した。享年45。自宅から17通の遺書が見つかった。その中の1通を留学先のフランスで受け取った年下の友人、遠藤周作は、日記にこう記した。

「原さん、さようなら。ぼくは生きます。しかし貴方の死は何てきれいなんだ。貴方の生は何てきれいなんだ」

 原は明治38年、軍都・広島で生まれた。生家は軍や官公庁御用達の繊維商で裕福だったが、ガラスのような繊細な精神を持って生まれつき、父や姉の死によって、生きにくさをつのらせていく。学校では誰とも口をきかない孤独な少年は、兄の蔵書を通じて文学に目覚め、不器用ながらも同好の友人との関係を築いていく。青年期は、文学とデカダンスと左翼運動で過ぎた。

 しかし、大学は出たものの、世渡りのすべを知らない。寡黙と沈鬱の中にいた原を救ったのは、実家から持ち込まれた縁談で結ばれた6歳年下の妻、貞恵だった。夫の才能を信じた妻は、母のような愛で原を包んだ。妻と2人、じっと繭にこもるようにして作品を紡いだ。しかし、幸福な日々は長くは続かない。妻が肺結核を患い、徐々に死に近づいていく姿を、原は傍らで見守った。

 昭和19年9月、貞恵が死去。悲しみの中にいた原は、翌年8月6日、爆心地から1・2キロの生家で被爆する。かろうじて生き延び、目の前の凄惨な事実を、小さな手帳に、簡潔な言葉で記した。妻の死に比して、この慌ただしい無造作な死が死といえるだろうか。原は死者に寄り添い、手帳のメモをもとに原爆文学の名作「夏の花」を書き上げる。

 おびただしい死を置き去りにしてひたすら前進を始めたこの国にあって、繊細で純粋な文学者の魂は、自死を選んだ。その死のきれいさが、静かに浮かび上がる感動の評伝。

(岩波書店 860円+税)

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