「法華経」植木雅俊著/日本放送協会編、NHK出版編
日本の仏教について学んでいくと、法華経というお経がとても重要なものだということが分かってくる。
聖徳太子が筆を執ったとされる法華経の注釈「法華義疏」は日本で最初の仏教の思想書である。平安時代に最澄が開いた天台宗は、法華経に対する信仰に基盤をおいている。
天台宗の総本山、比叡山延暦寺で学んだ鎌倉時代の日蓮は、法華経の信仰に反すると法然の浄土宗を攻撃した。その日蓮を信仰する京都の法華宗は法華一揆を起こし、延暦寺や浄土真宗の本願寺と戦った。
近代に入ると、国柱会の田中智学を中心に日蓮主義が流行し、国柱会には宮沢賢治も入っていた。戦後になると、日蓮系の新宗教が巨大教団に発展し、なかでも抜群の組織力を誇る創価学会がつくった公明党は、長く政権の座にある。
平家一門が、氏神である厳島神社に法華経を写経して奉納した「平家納経」は、国宝にも指定されている。そこには、信仰者から「諸経の王」と呼ばれた法華経の経巻自体が尊いという信仰があった。法華経抜きには日本の仏教は語れない。それほどこのお経は重要なのだ。
その法華経についてやさしく解説してくれるのが本書である。なにしろ、NHK・Eテレの人気番組「100分de名著」のテキストだけに読みやすい。著者は近年、法華経の翻訳を改めて行った法華経研究の第一人者だ。
いくら法華経が重要なお経だといっても、それを直接読んでも、その存在意義は簡単にはつかめない。法華経では、あらゆる人間、さらに言えば、あらゆる存在が仏になることができると力強く説いている。また、他の大乗経典とは異なり、ブッダが永遠の存在であることを示したところにも特徴がある。
法華経では、その教えを理解させるために7つの譬えを用いるが、最も有名な「三車火宅の譬え」に出てくる火災にあった火宅は苦に満ちた現世の譬えで、女優の檀ふみの父、檀一雄の「火宅の人」という小説の題名にも使われた。
著者は、人間の本源に迫る法華経の教えは、「私たちを勇気づけてくれる」と本書を結んでいる。お経は、単なる葬式のBGMではないのだ。(NHK出版 524円+税)