「愛なき世界」三浦しをん著
国立T大学の赤門のそばにある洋食屋「円服亭」で働く藤丸陽太は、T大理学部の研究室に出前を届けているうちに恋をしてしまった。相手はシロイヌナズナの葉を研究する本村紗英。本村が所属する研究室は植物の基礎研究をしており、一年中黒いスーツを着ている殺し屋のような風貌の室長を筆頭に、植物に魅せられた変わり者たちが集まっている。
本村も人後に落ちない植物好き。愛のない世界を生きている植物にすべてを捧げ、自分は誰とも付き合わないと心を決めている。本村の目下の関心はシロイヌナズナの四重変異体を作ること。気の遠くなるような作業をひたすら続け、あと一歩で成功かと思ったときに、ある重大な過ちをしていたことに気づく。絶望の淵に落とされた本村に同僚や藤丸が救いの手を差し伸べる……。
先ごろノーベル賞を受賞した本庶佑氏は基礎研究の大切さを訴え、研究者は最後まで諦めてはならないと語ったが、その言葉がそのまま小説化されたかのような基礎研究に打ち込む研究者たちの真摯な姿が描かれている。
(中央公論新社 1600円+税)