「凡人のための地域再生入門」木下斉氏
久々に帰省したら地元が驚くほど寂れていた。空きテナントに売り地、シャッター商店街。住人はいるものの、活気は皆無。あるいはのどかだった田舎の風景が激変し、どこの地域でも同じような大手系列店だらけ。
「うちの地元、ヤバいな」と一度でも思ったことがある人に薦めたいのが本書だ。
33歳のごく普通の平凡なサラリーマンが実家の廃業を機に、地域再生に関わっていく物語である。
「地域活性化の解説本やケーススタディー本はたくさんありますが、いいことだけ書いた本ばかり。実際、地方ではドロドロした話が多いんですよ。事業で成功した人に対する妬み、やっかみ、怪文書に人格攻撃の嫌がらせ。全国どの地域でも起こる共通の問題です。実名だと角が立つので、全体としてはフィクション。でもエピソードは、全国の実例をちりばめたノンフィクションなんですよ」
主人公の瀬戸淳は周囲に流されやすい性格だ。大学から東京で過ごし、そのまま就職。父の死後、母が続けてきた小売店を畳むことになり、廃業手続きと所有する古いアパートの整理を任される。地元へ通ううちに、飲食業で手堅く成功した豪傑・佐田、市役所に勤める姑息な森本ら同級生と再会。そこから彼の人生が大きく変わってゆく。
実家の不動産整理や空き家問題は、中高年が抱える大きな悩みのひとつなので、実に興味深い。
「地域再生で最大の問題は、地方が衰退し続けている事実を自治体自体が理解していないこと。昔の価値観のまま、補助金で大風呂敷を広げるやり方。政治家も選挙のスパンが短いので、短期的な実績しか考えていない。これでは活性化事業じゃなくて、衰退促進事業です。しかも失敗の原因を精査せず、共有もしない。ツケを払わされるのは地元の人です」
小説では佐田が頼もしいビジネスパートナーとなり、事業を展開するために瀬戸が奮闘するのだが、ことごとく邪魔が入る。ネガティブスピーカーに役所の古き悪しき体質、そこに群がる既得権益層、役所が丸投げする悪徳コンサルに、変わろうとしない粘土層のごとき年配。敵が多すぎるのだが、これもリアルな地方の実態だと著者は言う。
「小説に書いたような迷惑千万の役所主導イベントもいっぱいありますし、肩書を振りかざすだけの大企業出身者が口だけ出してくるプロジェクトもたくさんあります。でも、従来のヒエラルキーとか予算とか常識とは違う、新しいネットワークができれば、公的財源に依存せずに事業を展開することは十分可能なんです」
瀬戸は数多くの困難に直面し、次々と登場する敵に疲弊するが、それでも敵との対立ではなく、回避の道を選び、失敗を重ねながら成長していく。
小説だけでなく、地域再生のポイントをまとめた脚注と辛辣なコラムも読み応えがある。地方の疲弊と闇を数多く見てきた著者だからこそ書けるリアリティーだ。地元の活性化を志す人は心が折れるかもしれないが、あえてのムチ、とも読み取れる。
「成功例も多数あります。今の20~30代が地域再生の実績を着々と積んでいますから。とんでもない苦労と思うかもしれませんが、そんなに準備はいりません。才能よりも始める勇気が大切です。やっていないことはやってしまえばパイオニアになれる。過剰に合意を求める人、金を出さずに文句だけ言う人、自分にひれ伏してほしいだけの人……大丈夫、こういう人たちはいずれいなくなりますから!」
(ダイヤモンド社 1550円+税)
▽きのした・ひとし 1982年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事、一般社団法人公民連携事業機構理事。地域再生事業家として数多くのプロジェクトに参加。自ら出資も行い、補助金に依存しない地域再生を提案。国内に限らず、台湾と九州の地域ネットワークをつなぐなど、幅広く活動中。