「まぼろしの奇想建築」フィリップ・ウィルキンソン著、関谷冬華訳
オリンピックまで2年を切り、さまざまな関連施設がTOKYOに姿を現しつつある。しかし、覚えておられるだろうか。いま建設中の新国立競技場は、国際コンペで選ばれた世界的建築家、ザハ・ハディッドのプランが白紙撤回されたための代替案であることを。
本書は、ハディッドのプランのように、計画、立案、設計されたものの実現しなかった歴史上の建築物たちを集めた異色のビジュアルブック。
現在、世界一高いビルはアラブ首長国連邦ドバイの「ブルジュ・ハリファ」の828メートルだが、このビルが完成する半世紀以上も前の1959年に、その約2倍の高さ1マイル(約1・6キロ)の超々高層ビルを提案した人物がいた。
日本にもいくつか作品が残るアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトその人だ。当時、91歳の氏がデザインし「ザ・イリノイ」(写真①)と名付けられたそのビルは、528階建て、収容人数は10万人以上という。
まさにひとつの町がそのまま収まるほどの規模で、76基のエレベーター、1万5000台分の駐車場、ヘリコプター150機分の駐機場まで準備されていた。
ビルの形は上に行くにつれて変化し、フロアは風の抵抗を減らすためにダイヤモンドのような変形のひし形をしており、現在、世界各地に立つ高層ビルのお手本にもなっている。
本書に収録されているライトが残した同ビルのスケッチだけで高さ22フィート(約6・7メートル)もあるそうだ。
1784年、当時、無名だったフランス人建築家エティエンヌ・ルイ・ブーレーが設計した「アイザック・ニュートン記念堂」(写真②)は、あのギザのピラミッドよりも大きな球体状の建築物。偉大な科学者をしのんで考案されたこの記念堂は、いわば遺体のない巨大な霊廟であり、内部は空洞で、昼間は球体に開けられたいくつもの穴から太陽光が差し込み、内部に、さながら夜空のような光景が広がる仕掛けだという。
実現不可能と思えるこの建物は、後々の建築家に大きな影響を与えたという。
他にも、現在の凱旋門があるパリのシャンゼリゼに5階建てのビルに匹敵するほどの巨大なゾウの形をした建築物を提案したシャルル・フランソワ・リバールの「勝利の凱旋ゾウ」(1758年)などの奇想に満ちたプランから、ロンドン万博の会場となったガラスと鉄骨を用いた水晶宮を設計したジョゼフ・パクストンが構想した、ロンドン中心部をぐるりと一周する11マイル(約17・7キロ)の街路とショッピングアーケードと鉄道が一体化したガラス屋根付き循環道路「グレート・ビクトリアン・ウエー」(写真③)などの壮大なものまで。50もの幻の建築物や都市計画が、スケッチや完成予想図、設計図で紹介される。
どれも実現、実在していなくとも、こうして後世に語り継がれるほどのインパクトと夢に満ちた魅力ある建物ばかりである。
(日経ナショナルジオグラフィック社 2700円+税)