「グッとくる横丁さんぽ」村上健著
繁華街には必ず、少々のいかがわしさを漂わせ、酔客を招き寄せる横町や路地がある。そんな日本各地の「裏通り」を訪ね歩くイラストエッセー。
チェーン店や老舗が並ぶ大通りに比べて、横町や路地に軒を連ねるのは「いささか時代遅れになった店や小商いを黙々と続ける店が大半」だが、「日本中どこへ行っても駅前や表通りが画一的な風景になった今、裏通りにはそれぞれのまちの氏素性がかいま見える面白さ」があると著者はその魅力を語る。
東京のJR大井町駅の近くには、「東小路」、「平和小路」「すずらん通り」と続く横町がある。整備が進んだ駅前一帯とは対照的に、再開発が進んでいないこの横町は、道幅も、両手を伸ばせば壁に手が届きそうな狭さ。その窮屈な場所に、最盛期の昭和40年代には200店もの飲食店がひしめき合っていたそうだ。
今でも洋食や立ち飲み居酒屋、スナックなど60店以上が肩を寄せ合い、「猥雑この上ない気配」を漂わせ、一歩踏み入れば、昭和をギュッと詰め込んだ空気に包まれる。
東小路の入り口でスケッチをしていると、横町から出てきた女性にたどたどしい日本語で話しかけられ、食事に入った洋食屋ではカウンター越しにコックと店員が交わす中国語の会話が耳に入るなど、時流を反映して、無国籍化が進み、猥雑さはなお増している。
他にも、旧国鉄退職者の救済事業から始まったという大阪・梅田駅近くの高架下の「新梅田食道街」や、東京・池袋の「美久仁小路・栄町通り」など、お馴染みの横町から、JR広島駅近くの「エキニシ」や名古屋・大須観音「文殊小路」、長野・松本「ナワテ横丁」など地元の人々のオアシス、そして異国情緒が味わえる東京・新大久保の「イスラム横丁」や、横浜中華街「台南小路」まで、その賑わいと独特の空気感を洒脱なイラストと文章で伝える。
男という生き物は年を重ねるにしたがって、ショーウインドーがまばゆくきらめく表通りを嫌って、路地裏、横町へと逃げ込むようにできているようだ。きっとそこには、画一的なお仕着せのサービスではない、人と人との触れ合いや人情が残っているからだろう。
とはいっても、取り上げられるのは飲食店街ばかりではない。170もの古本屋が集まり世界でも類を見ない古本屋街がある神田神保町の裏通りには、著者が通う昭和22年開店という「ミロンガ・ヌオーバ」をはじめ、昭和のにおいを放つ喫茶店が今も元気に営業を続け、さながら喫茶店街となっている。
また、石積みの擁壁と廃止された市電の軌道の敷石を再利用したという石畳の通りが古都にふさわしい情緒と落ち着きを醸し出している京都の「石塀小路」や、幕末の英傑を数多く輩出した山口・萩の往時のままの姿が残る「菊屋横町」など、歴史情緒を味わえる横町もある。
旅や出張の折、初めての街で横町に足を踏み入れれば、小さな冒険が始まるはず。
(玄光社 1600円+税)