「世界の戦争廃墟図鑑」マイケル・ケリガン著 岡本千晶訳
第2次世界大戦は、6年間の間に100カ国近くを巻き込み、7000万人もの犠牲者を出した。終結から70年以上が経ち、歴史の一ページとなりつつあるとはいえ、今なお、戦死者の遺族は深い傷を抱え、戦場となった各地に、その傷痕が残る。
本書は世界各地に今なお生々しく残る、そんな第2次世界大戦時の要塞や放棄された軍事基地をはじめとするさまざまな戦争遺構を紹介する大判写真集。
ヒトラー率いるドイツ軍と西側連合国の主戦場となったヨーロッパでは、オランダからスイスまで5カ国と国境を接して延びる「ジークフリート線」と呼ばれる長さ600キロに及ぶ要塞ネットワークが建設された。
ベルギー北東部アイフェル丘陵に残るジークフリート線には、林の中にこけむしたピラミッド形のコンクリート塊が整然と並ぶ。時を経た今となっては古代遺跡のようにも見えるこれらは、対戦車障害物だという。
対するドイツ軍が建設したオーストリア・ウィーンの巨大な高射砲塔は、まるで中世の城のような威容を誇る。高射砲塔が中世の城なら、バルト海の島・ウーゼドムに残るドイツ空軍の大陸間弾道ミサイル「V2ロケット」開発工場は、巨大な古代神殿のような趣だ。
枢軸国による中央ヨーロッパを舞台にした戦闘は、周辺国や植民地を巻き込んでいく。
エジプトのサハラ砂漠に置き去りにされ朽ちたイギリス・長距離砂漠挺身隊のものと思われる車の残骸。一体ここで何が起きたというのだろうか、そのヒントは何もなく、ただ砂の海が広がっている。
もちろん太平洋地域の随所には、日本軍の遺構が残っている。今にもジャングルにのみ込まれそうな、パラオ諸島ペリリュー島の日本軍司令部の建物、パプアニューギニア・ラバウルの飛行場で撃破された「九七式重爆撃機キ二一」、ソロモン諸島の真っ青な海の中に眠る「水上偵察機」など、亡霊のような姿を眺めているうちに、見たこともないはずの、そして兵隊たちが見たはずの戦場の悲惨な情景が浮かび上がってくる。
砂漠から海の中、海岸線、そして森やジャングルの中まで、150カ所以上ものさまざまな廃虚・遺構を巡る。
その多くは、バンカー(掩蔽壕)など建築物や戦車などの兵器の残骸なのだが、フランスには、1944年6月10日以来、時間が止まってしまったままの村が丸ごと残されている。「オラドゥール=シュル=グラヌ」だ。村を襲撃したナチス武装親衛隊は、広場に集めた640余の村人の男性を機関銃で撃ち、女性と子供は教会に閉じ込め火を放ったという。整然と並ぶ半壊した石造りの家々には、それぞれの家族の思い出が封印され、戦争の不条理と残酷さを今に伝える。
終戦から73年もの間、地球上から戦火が途絶えた日は一日もない。今、改めてこれらの遺構が語り掛ける声に耳を澄まさなければならないのではなかろうか。
(原書房 5000円+税)