「静寂と沈黙の歴史」アラン・コルバン著、小倉孝誠、中川真知子訳

公開日: 更新日:

 におい、音、快楽、知識欲といった、およそこれまで歴史学の対象とは考えられていなかった、痕跡が残されていない不定形なものの歴史を描いてきたアラン・コルバンが今回テーマにしたのは「静寂と沈黙」。音も言葉もない、とらえどころのない世界をどうやって扱っていくのか、興味津々。

 コルバンが最初に手がかりとするのは、過去に記された静寂/沈黙(仏語ではどちらもsilence)に関する記述だ。まず登場するのはバレリーの「静寂をきけ」という言葉。ついでマックス・ピカートの「(静寂を)自分の体のように感じるのだ」というフレーズが続く。そうやって、ボードレール、ラ・ブリュイエール、プルースト、ベルヌ、ベルナノス、カミュ、ユゴー、ユイスマンス、サンテグジュペリといったフランス文学史上の巨匠たちの名前が次々と挙がっていく。

 その触手はフランス以外にも伸びていくが、なかでも印象的なのはアメリカのヘンリー・ソローの「(音とは)静寂の表面で、すぐ消えてしまう泡」だという言葉だ。なるほど。我々が普段耳にする音というのは静寂という大いなる土壌の上に咲く花のごときもので、現代人はいつの間にか花に養分を与えている土の存在を忘れているのかも知れない。

 本書では日本の事例は扱われていないが、たとえば、田村隆一の長編詩「恐怖の研究」には「針一本/床に落ちてもひびくような/夕暮がある」「針一本あるところ/沈黙がある静寂」という非常に印象的な言葉が出てくる。また、芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」も日本的な静寂の捉え方といえるだろう。除夜の鐘を聴きながら、日本版「静寂と沈黙の歴史」を夢想してみるという、なんともぜいたくな年の瀬の過ごし方をしてみてはいかがだろうか。 <狸>

(藤原書店 2600円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が戦々恐々…有能スコアラーがひっそり中日に移籍していた!頭脳&膨大なデータが丸ごと流出

  2. 2

    【箱根駅伝】なぜ青学大は連覇を果たし、本命の国学院は負けたのか…水面下で起きていた大誤算

  3. 3

    フジテレビの内部告発者? Xに突如現れ姿を消した「バットマンビギンズ」の生々しい投稿の中身

  4. 4

    フジテレビで常態化していた女子アナ“上納”接待…プロデューサーによるホステス扱いは日常茶飯事

  5. 5

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  1. 6

    中居正広「女性トラブル」フジは編成幹部の“上納”即否定の初動ミス…新告発、株主激怒の絶体絶命

  2. 7

    佐々木朗希にメジャーを確約しない最終候補3球団の「魂胆」…フルに起用する必要はどこにもない

  3. 8

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9

    フジテレビ「社内特別調査チーム」設置を緊急会見で説明か…“座長”は港社長という衝撃情報も

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭