「グスタフ・クリムトの世界」海野弘解説・監修
2015年に公開された映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」は、グスタフ・クリムトの名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」を、絵のモデルであるアデーレの姪、マリア・アルトマンがオーストリア政府を相手に裁判を起こし、絵の返還を実現させるまでの経緯を描いたもの。この背景には、クリムトのパトロンの多くがユダヤ人で、ナチスの台頭によってそのコレクションが没収されたという事実がある。アデーレもウィーンのユダヤ人富豪の妻で、ナチスの迫害によりスイスに亡命、客死している。
本書は、19世紀末のウィーンに芸術による黄金迷宮をつくり上げ、「迷宮にうごめく幻影の美女たちを狩り、壁に迷宮画を描き続けた」画家・クリムトの世界を、豊富な図版とさまざまなエピソードによって構成したもの。世紀末ウィーンという、光と闇が交錯する都市で、ひたすら女性を描き続け、時にその大胆な描写はポルノグラフィーだとスキャンダルを引き起こす。クリムトといえば、「アデーレ」や「接吻」など、画面に黄金を敷き詰めた装飾的な絵が有名だが、本書には「黄金時代」と呼ばれる自らのスタイルを確立する以前の古典的な絵画や、印象派の技巧、ジャポニスムを意識した作品、さらには自然から空間と時間を切り取ったかのような独特な風景画など、多彩な世界が紹介されている。
B5判386ページオールカラーというぜいたくな仕立てで、クリムトの絵を満喫できるのはうれしい限り。またクリムトが結成した芸術家集団「ウィーン分離派」や、そこから分かれたウィーン工房の作品にも多くのページが割かれ、クリムトの位置付けがよくわかる。来年には、過去最大級のクリムト展が日本で予定されている。本書はよきチチェローネ(案内)となるだろう。 <狸>(パイインターナショナル 3200円+税)