「嗅覚はどう進化してきたか」新村芳人著
映画にもなったジュースキントの「香水――ある人殺しの物語」は、超人的な嗅覚を持つ男の悲喜劇を描いたものだが、においと香りの奥深さを堪能させてもくれる快作だ。だが、改めて「においとは何か?」と問われると、答えに窮してしまう。古代ギリシャにおいては、においには原子があって、とげとげの原子を持つものは不快なにおいを生じ、逆に滑らかであれば心地よい香りがすると考えていたという。
これは当たらずとも遠からずで、においの感覚を引き起こすのは分子であり、そのにおい分子を受け取るセンサーが嗅覚受容体である。この嗅覚受容体なるものが発見されたのは1991年。つい最近のことなのだ。
本書の著者は嗅覚受容体の遺伝子進化の研究者。本書にはその最新知見を含めて、古来人間が香り・においとどのようにつきあってきたのかという文化史的叙述から始まり、においを感じる仕組み、ヒト以外の生き物たちのにおいの世界のことなど広範な知識を開陳してくれる。
たとえば、人間は400ほどの嗅覚受容体で何万種類ものにおいを嗅ぎ分けている。ヒトの1億倍鼻が良い(これは根拠薄弱とのこと)とされているイヌの嗅覚受容体の数は約800とヒトの2倍。最多はゾウの約2000、あの鼻の長さはダテではないと教えてくれる。もっとも我々がゾウの鼻と思っているのは鼻と上唇が融合したもので、受容体の数がそのまま鼻の良さに比例するわけでもないという。対して海に暮らすイルカは受容体がほぼゼロで、そこからも嗅覚というものの不思議さが透けて見えてくる。
本書にはそこここに視覚についても言及されている。嗅覚の話なのになぜと思って読み進めていくと、最後にその理由がわかる。さて、視覚と嗅覚の関係とは? この謎解きもお楽しみに。 <狸>
(岩波書店 1400円+税)