「看取りの人生」内山章子著
集合写真のキャプションで「1人おいて誰々」というのがある。名のある人たちが多く写っていれば、必然的に「おかれて」しまう人も出てくる。著者の祖父は台湾総督府民政長官、外務大臣、東京市長などを歴任した後藤新平、父はベストセラー作家であり政治家でもあった鶴見祐輔、姉は社会学者の鶴見和子、兄は哲学者の鶴見俊輔――それらまばゆい光の陰で、著者はある意味おかれた存在であった。実際、後藤新平邸の敷地にあった鶴見家で、著者は3歳になるまで姉兄とは離れて女中部屋におかれていた。
本書はそうした著者が両親や姉らを看取った経験をつづったものである。鶴見俊輔の読者はよく知っているように、俊輔らの母・愛子は尋常ならぬ厳しいしつけを子供たちに課し、そのことが俊輔の思想に大きく影響している。著者はその母から「あなたが我慢すれば鶴見家はうまくいきます」と幼い頃から言われていた。その言に従って、母に正面から意見を述べる姉や、不良になって激しく反発する兄とは違って、ひたすら黒子に徹し、病に倒れた母、父、そして姉の介護を担っていく。姉・和子の療養は長期に及び、姉の命によりその最期の日々の様子を記録していく。そこには女性学者として全うした和子の凜(りん)とした姿と病に苦しむ痛ましさとが真率に描かれている。病床にあった和子と俊輔が、「死ぬというのは面白い体験だ、こんなに長く生きていてもまだ知らないことがあるのは驚きだ」と言って2人でゲラゲラ笑い合ったというのは、この姉弟らしいエピソードだ。
著者は自らを黒子と位置づけているが、光り輝く父や姉兄たちも著者の前では心情を素直に吐露し思わぬ陰影を示す。伝記的事実からはうかがえない、鶴見家の実像を伝えてくれる貴重な書である。 <狸>
(藤原書店 1800円+税)