「封印された殉教」(上・下)佐々木宏人著
昨年、長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が世界文化遺産に登録され、江戸時代のキリシタン弾圧に関心が寄せられるようになったが、忘れてならないのは、先のアジア・太平洋戦争下においてもキリスト教への弾圧があったことだ。軍部による宗教弾圧はキリスト教に限らないが、本書は、敗戦3日後に射殺されたカトリック神父の事件の謎を追いながら、戦時下の弾圧の実態とそれに対するカトリック教団の動きを詳細に跡づけたノンフィクション。
1945年8月18日夕刻、カトリック保土ケ谷教会で、横浜教区長・戸田帯刀神父(47歳)が射殺死体で発見された。16日午後、神父は海軍警備隊に接収されていた山手教会を返還して欲しいと訴え、同隊と揉めていた。神父は札幌教区長時代に軍刑法違反で逮捕されたことがあり、軍部から目を付けられていた。
とはいえ犯人、殺害動機ともに不明。そして事件から10年ほど経った頃、吉祥寺教会に戸田神父殺害の犯人だと名乗る男が現れた。連絡を受けた東京大司教区は「過ぎたことです。ゆるしを与えます」と伝え、男は姿を消してしまった。なぜ教団はそのような対応をしたのか。さらに不可解なのは、この戸田神父の事件が一般のマスコミのみならずカトリック内でもタブーのごとくほとんど言及されてこなかったという事実だ。
著者は山梨県の農村に生まれ、イタリア・ローマのウルバノ大学に留学後、司祭として献身した戸田神父の生い立ちをたどりながら、戦時中の軍部とカトリック教団との関係をあぶり出していく。そこで浮かび上がるのは軍部の横暴と教団の戦争責任だ。それに蓋をするのではなく事実と向き合うべきだという気概が、歴史に埋もれたひとりのカトリック者の復権をなした。くむべきことの実に多い力作。 <狸>
(フリープレス 各2000円+税)