「木下サーカス四代記」山岡淳一郎著
1959年生まれのノンフィクション作家、山岡淳一郎は、小学生の時に木下サーカスを見たことを覚えている。その木下サーカスが、創業100余年を経た今も生き残り、驚異的な集客力を保っていることを知って驚いた。
100人を超える団員と家族はコンテナハウスで生活し、興行を終えると、次の公演地に大移動する。テント、客席、舞台の道具、ショーに出る猛獣たち。一切合切をコンテナに積み込んで、「場越し」と呼ばれる引っ越しをする。団員総出の重労働だ。生活スタイルは昔ながらの旅興行。
世界的にサーカスの斜陽化が進む21世紀の今、こんな摩訶不思議なビジネスモデルがなぜ可能なのか。
その謎を解くために、著者は4代にわたるファミリービジネスの歴史をさかのぼっていく。
初代・木下唯助は若き日に巡回動物園で働いていたが、興行師、香具師の世界に飛び込み、軽業一座を率いて大陸を巡業。侠客とも渡り合い、力業で木下サーカスの基礎を築いた。
2代目の光三は唯助の娘婿。大学で法律を学び、朝日新聞に入社したが、中国戦線で負傷、九死に一生を得る。義父にサーカス団の経営を命じられると、大いに手腕を発揮し、ショーの近代化に力を尽くした。
光三の長男・光宣は検事志望だったが、父に背中を押されて3代目を継ぐことを決意。総合エンターテインメント企業への脱皮を図り、団員の待遇改善にも取り組んだ。しかし、志半ばで病に倒れ、次男・唯志の出番がやってくる。都市銀行への就職内定を辞退して4代目となり、現在に至っている。
木下サーカスは、ファミリービジネスにつきものの事業承継の困難を乗り越え、時代に呼応して進化してきた。技を磨き上げた生身の人間が命を懸けてライブで勝負。個性の違う4人の経営者が守り育てた木下サーカスは、世代を超えた観客を魅了してやまない。
(東洋経済新報社 2000円+税)