「手帳と日本人」舘神龍彦氏
手帳の歴史から日本人の時間感覚や仕事観、そして精神史をあぶり出す、異色の日本論だ。本書によると、日本人は手帳が大好きらしい。このデフレ期、さらにグーグルカレンダーなどデジタルクラウド上でのスケジュール管理が広まる中でも、手帳の市場規模は微増を続けているという。
「最近はデジタルから紙の手帳に戻る人や、併用する人も多いようです。理由のひとつには、手帳ならではの利便性があるでしょうね。書き込みやすさ、付箋などの付けやすさ、一覧性の高さは紙ならではです。例えば『やることリスト』を作ったとき、手書きなら済んだものに線を引いて消せますけど、デジタルでは難しい。丸ごと消してしまうと、記録に残らず後で参照できません。僕は携帯する手帳とメモ帳、灯油の注文や法事の記録などをつける家用手帳の3冊を使っていますが、やっぱり便利です」
著者は最新の電子機器にも精通する一方、「書き出すことで自分の状況を整理し時間を有効活用できる」という手帳の効能を長年感じてきたという。本書をまとめるにあたり、デジタルと紙についてもうひとつ大きな発見があったそうだ。
「この本は手帳の背景にある時刻や暦の歴史から紹介しましたが、歴史の流れからするとクラウド上での予定管理って、実は中世ヨーロッパ的な時間への“先祖返り”なんですよ。当時は教会の鳴らす鐘の音にしたがって、村の皆が中央集権的時間を生きていた。
その後、おのおのが時計やカレンダーを持つことで個人の時間が生まれましたが、クラウド上には時差がない。だから便利な一方、ユーザーはどこにいてもひとつの時間で管理されます。グーグルが教会に代わって、村が世界に広がった状態といえます。これに窮屈さを感じる人が、自由を求めて紙の手帳に戻っているんじゃないでしょうか」
本書では、まさに自由で多種多様な手帳が紹介されている。一大ブームとなったシステム手帳、「フランクリン・プランナー」といったカリスマ経営者などによる「有名人手帳」や「ほぼ日手帳」、中にはキャバ嬢やホスト向けの「クラブダイアリー」や「夜型手帳」などの個性派もある。そしてこのように百花繚乱となったきっかけは、時代の変化により共同体への帰属意識が変化したことだと解説されている。
「昭和期には、企業が従業員に配る『年玉手帳』をこだわりなく使う人が大多数でした。自社製品や支社一覧の他に、例えば商社なら寿司やワインのうんちくなんかも載っていましたね。中でも重要なのが社訓や行動規範。有名な電通の『鬼十則』みたいなものです。僕が日本の手帳の原型のひとつだと考えている旧日本軍の『軍隊手牒』には、軍人勅諭が載っていました。わかりやすく言えば、年玉手帳では軍人勅諭が社訓に代わった。つまり予定の管理だけではなく、会社への帰属意識を強くする役割もあったんです。でもバブル崩壊後の不況で、経費削減のため年玉手帳を廃止する企業が増えて、みんないろいろな手帳を使い始めるんですね」
不況で終身雇用は崩壊。会社への帰属意識は薄まる。そして個々が生産性を上げないと生き残れない。こうした時代の流れもあり自己啓発ブームが起き、本書によれば「有名人手帳」や「スピリチュアル系手帳」が人気に。さらに文具ブームとの相乗効果で、日本は手帳大国となったそうだ。
「手帳にはもっと可能性があると思うんです。紙の手帳なんて古い、という人は、手帳の使い方や効能、もっといえば手帳とは何かをよく知らないだけかも」
(NHK出版 780円+税)
▽たてがみ・たつひこ 手帳評論家。大学卒業後、アスキー勤務を経てフリーに。手帳やガジェットに精通し、数多くの手帳の製品開発にも参画。著書に「ビジュアル 使える! 手帳術 」「最新トレンドから導く 手帳テクニック100 」「iPhoneの凄い設定」などがある。