「この先をどう生きるか 暴走老人から幸福老人へ」藤原智美氏
著者によるベストセラー「暴走老人!」では、コミュニケーション不全など誰もが持つ暴走老人になり得る原因を探った。そして本書では、どうしたら暴走老人にならず、生きがいのある老後を送る“幸福老人”となれるのか、そのヒントを示している。
「『暴走老人!』の執筆から12年が経ち、私自身も還暦を過ぎました。もしかしたら私も、キレやすく、孤独に追い込まれる暴走老人になるかもしれない。そんな不安を払拭すべく、本作の執筆に至りました」
老後の方が生き生きとする女性が多い一方、生きがいを持てず“濡れ落ち葉”といったネガティブな存在となる男性が多いのはなぜか。男性が幸福老人になれない一大要因を、著者は男性中心社会で生きてきたことを自覚していないからだと分析する。
「長いサラリーマン生活を経て、多くの男性には他者を上下関係で位置づける習性が染みつきますが、定年した途端に肩書なしの平等社会に放り込まれます。その変化に気づかず、それまで通りに生きようとするからいけない。家族やご近所さんに上司のように接し、コミュニケーションがうまくいかず、孤独になり、果ては暴走に至るのです。定年後、男性中心社会から“解放”される女性と、“追放”される男性という構図で考えれば、老後の格差は明確です」
老後の2大テーマは「金」と「健康」だが、これらと匹敵するのが「生きがい」だ。打ち込めるものを見つけ、町内会の付き合いにも積極的に参加して他者とのつながりをつくろうと、老後のアドバイスを示す本は多い。だが、男性にはこれが容易ではないと著者は言う。
「会社人間ほど、目的の達成にのみ価値を見いだす“目的の価値化”に縛られがちです。男性中心社会ではその意識が大切だったのでしょうが、定年後には“行為の価値化”、つまり行為を楽しむために目的があると意識を変えないと、生きがいも見つけにくいのです」
例えば料理だ。目的にのみ価値を追求していると、最高級和牛を使って丸一日かけて……という、いわゆる“男の料理”に偏る。しかし、行為自体を価値化できれば、冷蔵庫にある食材で手際よく総菜を作ることでも楽しめる。料理が趣味になり、生きがいにもなるだろう。しかし、男性中心社会の名残を引きずっていると、行為の価値化にシフトしにくい。
「総菜なんて女房でも作れる。町内会活動などママゴトのよう。ご近所さんとの会話など実りがない。くだらん。こんな思考になる男性は少なくありません。人からの評価、社会からの評価を基準にするためです。しかし、定年を迎えたら会社という群れから離れ、同調圧力からも自由になれる。評価など気にせず、自分が楽しいと思えることを追求していいはずです」
幸福老人になるためには、虚栄心を捨て人生を初期化するほどの意識改革が不可欠だ。そのために有効な方法を本書では、過去の出来事を振り返り「書くこと」だとしている。それが自己との対話になり、新しい考えを生み出す契機にもなる。例えば、会社で声を荒らげた経験があるならば、感情の爆発の原因はどこにあったのか、虚栄心が作用していなかったかなどを書き出してみるといい。
「誰にも読まれないとしても、自分の過去をさらけ出して書くのは勇気がいります。その場合は、“私”ではなく“彼”と主語を変えて書くと、自分を客観視しやすくなります」
第二の人生を幸福なものにしたいなら、今すぐ意識改革の準備を始めよう。
(文藝春秋 1200円+税)
▽ふじわら・ともみ 1955年、福岡県生まれ。90年に「王を撃て」で小説家としてデビュー。92年「運転士」で第107回芥川賞受賞。小説の他にもノンフィクションを執筆し、2007年に若者よりもキレやすい“新”老人の姿を考察した「暴走老人!」がベストセラーとなる。