「AI監視社会・中国の恐怖」宮崎正弘氏
凄まじい勢いで進化する中国のデジタル監視社会、その実態と闇を描いたノンフィクションだ。
本書によれば、中国では交通警官のサングラスに顔識別装置内蔵で犯罪者を即座に識別、街中の監視カメラは当然、農村部にも鳩型の偵察ドローンが飛ぶほどだという。
「ジョージ・オーウェルの『1984』という小説に、監視社会の支配者としてビッグ・ブラザーが登場するでしょ。今の中国は共産党がビッグ・ブラザーとして君臨している状態。特にデジタル上の監視は習近平時代になって急速に進みましたね。例えば10年前なら特派員と会うとき尾行を気にしたものですけど、今、尾行はいません。入国時に顔認識や指紋・声紋をデジタルで記録されるし、携帯の位置情報はGPSで、通話内容は声紋レベルで把握されていますから」
そんな習近平を著者は「デジタル皇帝」と名づけた。習近平の体形が「くまのプーさん」に似ているため、最近ではSNSなどにプーさんの風刺漫画や動画が投稿されると即座に削除されるという。
国民の監視・管理体制強化は日本や米国、ロシアなども例外ではないが、中国共産党が突出した勢いでAI技術開発を進め、こうしてデジタル監視を強化する目的のひとつは効率的な人民支配にあるそうだ。
「日本でAIというと囲碁や将棋、コミュニケーションロボットなんかが話題になりますね。私からすればまるでお花畑です。中国はもっとシビアですよ。共産党幹部が恐れるのは軍人の裏切り、そして人民、特に今はウイグルの反乱が怖い。ウイグル族は歴史的にも漢民族への恨みが強いんです。しかも近年の厳しい弾圧のせいで隣国カザフスタンに逃れた人たちがかなりの数、ISに取り込まれていて、脅威です。だからネットはもちろん山奥にまで偵察ドローンを飛ばしたりして、必死で監視するわけです」
本書では他に、日本を脅かす中国からのサイバー攻撃なども紹介されている。コンピューターウイルスを送り付け、盗んだ情報を人質として身代金を要求する脅迫ビジネスが急速に成長しているという。官公庁、医療機関、大学など、機密情報や人命に関わる組織は身代金を払いやすく、狙われやすいそうだ。
「年金機構の個人情報流出なんか大きなニュースになりましたけど、実は企業も次々に被害を受けていますよ。日本企業というのはこういう被害を隠したがるので、公になりにくいだけです。中国は国を挙げて世界中から優秀なデジタル技術人材を集めていて、その中からハッキングビジネスに流れる人も増えているわけ。そして、ハッキングも最終的には軍事利用が目的。そこが日本や他の先進国と決定的に違うんですよ」
今や通信インフラをサイバー攻撃すれば、戦争をせずとも下水道、電気、金融など国の基盤を揺るがすことが可能だ。さらに、中国では無人機攻撃やミサイル開発といった物理的な兵器の開発にもAI技術が利用されており、米国のホワイトハウスやペンタゴンは「喫緊の脅威」と認識しているという。
「日本人は危機意識がおそろしく低い。AI技術にしても、国防利用しようと予算を検討するだけで『戦争に加担するのか!』と批判されるでしょう。しかもその技術にしたって、この本に詳しく書いたようにデジタル分野で日本の優位なんてないに等しいのが現状なんです。今は幸運にも日常生活でリスクを実感せずに済んでいるかもしれないですけど、このまま無策でいいんでしょうか」
(PHP研究所 880円+税)
▽みやざき・まさひろ 評論家。1946年、石川県生まれ。早稲田大学中退。「日本学生新聞」編集長、月刊「浪漫」企画室長などを経て貿易会社を経営。82年「もうひとつの資源戦争」で論壇へ。世界経済の裏側やワシントン、北京の内幕を描く作品を次々に発表。近著に「習近平の死角」「AIが文明を衰滅させる」などがある。