「アンダークラス」橋本健二氏
あなたの周りにも、パートやアルバイトで目いっぱい働いている人たちがいるのではないだろうか。つまり、非正規雇用の人々。今、その数が急速に増大している。
著者は、非正規雇用で働く階級を「アンダークラス」と呼ぶ。SSM(社会階層と社会移動全国調査)などのデータを緻密に分析し、アンダークラスの衝撃の実態を明らかにしたのが本書だ。
「非正規雇用が増え始めたのは、80年代末です。バブル期で、労働需要が増大した中、企業はコスト削減のために非正規雇用を拡大し調達したため、新卒の若者にまで広がったわけです。いったん非正規で働くとそこからの脱出は難しく、約30年を経て、彼らは50歳前後になりました。今や非正規労働者のうち、家計補助的に働くパート主婦や非常勤の専門・管理職以外の人々が、老若男女合わせてなんと約930万人もいて、就業者全体の14.9%を占めています。彼らの平均年収はわずか186万円です」
かつては「資本家」と「労働者」の間に「新中間階級(ホワイトカラー)」「旧中間階級(自営業者)」がいる4階級構造だったが、もはや「労働者」が正規と非正規に分裂し、5階級構造に変容した。非正規雇用労働者という新しい巨大な最下層階級=アンダークラスの出現である。
非正規労働の職種は、マニュアル職、販売職、サービス職が多く、介護職、派遣事務員なども少なくない。
平均労働時間はフルタイム労働者より1、2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いているが、常に貧困状態で、結婚することも難しい。友人も少なく社会的に孤立し、ストレスがたまって心身の健康にも問題を抱えている。
「全世代のアンダークラスの4人に1人が健康状態を良くないと自覚し、心の病を経験した人が、他の階級の3倍います。多くが『絶望的な感じになる』『自分は何の価値もない人間のような気持ちになる』と訴えているんです。その傾向は若い男性に顕著で、『幸せだ』と考えられる人は、20代で35%、30代で22.7%に過ぎません。以前、若手社会学者が、日本の若者は自分たちを『貧乏だけど幸せと感じている』と説きましたが、とんでもない。絶望と隣り合わせなんです」
アンダークラスは、生活保護受給の予備軍でもある。
そんな彼らは「理由はともかく生活に困っている人がいたら、国が面倒を見るべきだ」と考え、豊かな人々への課税と恵まれない人への福祉の充実、つまり所得再分配を願っている。
しかし、自分たちのリアルな窮状によって立つそんな考えを政治にぶつけるのかといえば、驚いたことに、政党に関心がない。今の暮らしに満足していれば自民党、不満を持っていたら、自民党以外の政党を支持するという一般論が通用しなくなっているのだ。
「アンダークラスの中で『自分の生活に満足している』という少数の人々は、自民党、次いで公明党を支持していますが、大多数の『自分の生活に満足していない』人々の実に81.6%は支持政党がないんです。政治に対して何も期待することができず、政治への無関心を決め込んでいるのですね。したがって、彼らの意思は政治に反映されません。10年後、20年後には、現在の若年・中年アンダークラスが、資産もなく年金も期待できず、周りの支えもないまま老後を迎えることになります」
今は会社に守られていても、リストラされれば、おしまいなのだ。子供が非正規雇用ならば、定年後も子供を養っていくために、非正規で働かなければならなくなり、親子揃ってアンダークラスに陥ること必至。他人事ではない。誰もがアンダークラスに転落するリスクの中にいるのだ。
(筑摩書房 820円+税)
▽はしもと・けんじ 社会学者。1959年生まれ。東京大学教育学部卒。東大大学院博士課程修了。静岡大学教員などを経て、現在、早稲田大学人間科学学術院教授。著書に「階級都市」「『格差』の戦後史」「はじまりの戦後日本」「階級社会」などがある。