文豪たちに学ぶ“魅力的な”言い訳
言い訳とは、よろしくない立場から逃れるための説明なので、格好いいはずがない。しかし、これを表現次第で味わい深いものにしてきたのが、文豪たちだ。中川越著「すごい言い訳!」(新潮社 1600円+税)では、奇想天外で痛快な、文豪たちの素晴らしい言い訳の数々を紹介している。
言い訳の達人だったのが夏目漱石だ。30代後半の頃、ハガキに水彩で風景や人物を描き、親しい人たちに送りつけて楽しんでいた漱石。
ところがある時、よく知る相手の宛名を間違え、田口とするべきところを田中と書いてしまった。当然、田口からは「田口です。お忘れですか」と抗議が来た。そこで漱石はもう一度ハガキに絵を描き、次のような添え書きをして送っている。
「君の名を忘れたのではない。かき違えたのだ失敬」
あなたの名前を忘れるわけがないでしょう、ちょっと書き間違えただけですよと、大きな失礼を小さな失礼でうまく覆い隠した言い訳だ。
またある時は、教え子から預かった大切な手紙を泥棒に盗まれてしまった。漱石は猛省しつつ、謝罪の手紙にこんなひと言を添えている。
「気を付けるなら泥棒氏の方で気を付けるより仕方がない」
自分は今後これ以上ないほど気を付けるのだから、あとは泥棒次第だという、言い得て妙な言い訳である。
酒で迷惑をかけた親友への手紙に、「一人でカーニバルをやっていた男」というトリッキーな言い訳を書いた中原中也。愛人と別れた後で浮気を知っていた夫に「帰ったら、どのようにしてりょく(夫の愛称)を愛撫してやろうかと空想している」と熱烈な言い訳をしたためた林芙美子ら、さすがの言い訳が満載。魅力的な言い分の指南書としても活用したい。