「ボダ子」赤松利市氏
「100%実話です」
著者がそう言い切る本書は、境界性人格障害(ボーダー)と診断された娘の父・大西浩平を主人公にした私小説である。この大西こそが著者・赤松氏なわけだが、大西という人間の強烈さ、転落していく半生の凄まじさは、読後、トラウマとして残るかもしれない。
「書くほうも大変でしたが、読むほうも大変。最悪の読後感、と言った人もいます。でも、それを目指したわけではありません。読者のことを考える余裕なんて全くなかった。ただ、共感はされんよな、という意識はありました。共感してほしくもないしね、この本に」
大西は会社員を経てゴルフ場の芝生管理を始め、独立。バブル景気に乗り、年収2000万円、一晩で100万円を使い果たす生活を送っていた。4回の結婚の上、愛人とのセックスに溺れる日々。しかし娘はいつしか精神を病み、東日本大震災を機にビジネスは破綻、家族で東北へ向かうことになる。
「もともとは自分の話を書くつもりはなかったんです。末端の土木作業員から見た被災地を書きたかったんですね。ところが編集者に、ボダ子の話を読みたいと言われた。家族について書けと、背中に包丁を突き付けて脅されたんです、比喩ですが(笑い)。それで、被災地の話も入っていますが、核は自分の話になりました。ただ、〈終章〉を書いたのは私の意思です。あそこに傍点を打ったのも私。書いたことに責任を取ろうと思いました」
ボダ子は子供の頃から、学校でいじめられている子に話しかける優しい娘だった。そんな娘を大西は溺愛する。被災地でボランティアを始めると「ボダ子」と呼ばれ一躍人気者に。ただ、ボーダーには特定の人に極端に依存したり、性的なハードルが極端に低くなる傾向がある。大西はボダ子と男たちの関係に気を病みながらも、一大事に限って駆け付けることができない父親でもあった。
「娘のことは、書いていたときはもちろん、今、こうしてしゃべっていても、どん底に突き落とされるような気持ちになる。キツイです。愛情はあったんです。私も人間なんでね。でも、方向性が間違っていたんでしょう。ネグレクトしている意識はなかったけれど、ずれていたんでしょうね」
被災地で一獲千金をもくろむ大西だが、土木作業員の現場は過酷で思うように金が入ってこない。窮地に陥れば陥るほど、大西の「射精動機」は高まり、被災地で見つけた理想の女に暴力的なまでに欲望をぶつけていく。その先にはさらなる破滅が待っていた。
「被災地には復興予算が23兆円投入されている。私は金、金、金、でした。でも被災地のことを書くのはこの作品で最後です。離れて3年経ちますからもう書いちゃいけない。それから女はね、単純に好きなだけなんですよ。私は風俗には行かないんですけどね、こうやって1人にとことん行ってしまう。でももう、これも年齢的になくなりました」
被災地から東京に逃げるように戻り、日雇い労働や路上生活などを経て、62歳で作家デビューした。63歳になった現在も、漫画喫茶で生活を送りながら、多いときは1日15時間書き続ける。
「この作品を書いて、自分のテーマに気付きました。金と女で転落していく人間、それこそが私の本質。貧困問題とか、社会問題を書きたい気持ちもあったのですが、それは他の人が書くだろうと。私しか書けないもの、色と欲にまみれた人間の姿をこれからも書いていこうと吹っ切れたんです。こんな人生でも、後悔はありません。私にはこれしか生きる道がなかった」
(新潮社 1550円+税)
▽あかまつ・りいち 1956年香川県生まれ。経営していた会社が破綻し、土木作業員や除染作業員、路上生活などを経て、2018年「藻屑蟹」で第1回大藪春彦新人賞を受賞。著書に「鯖」「らんちう」「藻屑蟹」。漫画喫茶で寝泊まりし、執筆を続けている。