「鳥肉以上、鳥学未満。」川上和人氏
コンビニ各社の「サラダチキン」が大ヒットし、鶏のささみダイエットがはやるなど、脂質が少なく健康にいいと鶏肉の人気は高まっている。日本では年間1人約6羽ほど食べられており、鶏卵は年間300個以上と世界でもトップクラスの消費量だ。
「今のカモやキジの原形に近い鳥は恐竜がいた6600万年前までの中生代には誕生したといわれています。カモはエサを求めて長距離を移動し、キツネなどの捕食者にやられないように水の上で生活してきました。一方、キジは長距離を飛ばないかわりに天敵が来るとひたすら隠れ、見つかると瞬間的に飛び立ちます。その瞬発力のために翼を打ち下ろす胸の筋肉がほかの鳥よりも大きいんです。そして、さまざまな鳥が気候や捕食者、植物の量など環境の変化に耐えられず絶滅してきたなかで、カモとキジはそれぞれ異なる戦略で生き残ってきたんですね」
本書は、日本人が愛してやまないキジ科の鶏を通して、鳥類の進化に迫る異色のエッセーである。
キジの仲間である鶏の大きい胸肉に人間が目を付けたのか、少なくとも4000~5000年前には中国で飼われていたといわれている。翼を打ち下ろす筋肉が胸肉ならば、持ち上げる筋肉は、脂質が少ないササの形をしたささみ部分だ。
「胸肉は鶏全体の30%もあるのに、ささみは1~3%しかない。いかに打ち下ろす力が強いかが分かりますよね。鳥の中にはささみ部分が10%を占めるものもいて、それが世界最小の鳥とされるハチドリです。普通、鳥は前に進みますが、8の字形に羽を回せるハチドリは空中で停止するだけではなく後ろにも飛べるのです。バックできれば、今まで届かなかった花の奥にある蜜も、頭を突っ込んでたくさん吸えるし効率がいい。最初は小さなきっかけだったかもしれませんが、バックできた個体の子供が増え、何万世代を経て今の形になったのでしょう」
進化して生き残る鳥もいれば淘汰される鳥もいる。それは何万年もかけてゆっくりと行われて来たわけだが、人類の爆発的な増加によって環境が一気に変化したために、進化のスピードが追いつけずレッドリスト入りする鳥が増えている。
「ところが素早く現在の環境に適応した鳥がいるんですね。まずカラス。人間の出したゴミをあさり、電柱にも巣を作る。ツバメなんて、もはや人工物にしか巣を作らない。人間がタカやヘビを追い払ってくれますからね。しかし、人間が絶滅したらツバメも果たして生き残れるか……」
人間を利用したほうが得か否か。長距離を飛ぶか隠れて過ごすか。何が生物界の勝ち組、負け組を決めるのか、正解は分からない。それは人間も同じだと著者は説く。
「危険をいとわずマンモスを追った楽天的な人もいれば、ケガや病気を恐れて引きこもった悲観的な人が生き残ることもある。現代では、明るく行動的な人がもてはやされますが、もしかしたら長い進化のなかで見たら、それは一面的な見方かもしれませんね」
本書では、鳥や人間の進化について考えるとともに、砂肝はなぜゴリゴリしているのか、渡り鳥はなぜ何十日も飲まず食わずで飛べるのか、白い鶏が多い理由やモモ肉のうまさの秘密など、焼き鳥屋で頼んだ串を思わず二度見してしまうようなトリビアも多く紹介されており、思わずうなる。
「鶏肉を食べるとき、野生の世界への入り口だと思って味わってみてほしいですね。長い鳥類の進化に思いをはせながら、生物学の暖簾をくぐっていただけたらと思います」
(岩波書店 1500円+税)
▽かわかみ・かずと 1973年、大阪府生まれ。農学博士。東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。森林総合研究所主任研究員。著書に「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」「そもそも島に進化あり」ほか。