「東京貧困女子。」中村淳彦氏
「僕は20年以上、AV女優や風俗の取材をしてきましたが、2006~07年あたりから、日本はおかしくなっているのではないか、と思うようになりました。それ以前は、AVや風俗といったリスクのある仕事をするのは一握りの女性で、彼女らは一気に富裕層に上がれたんですね。100万円くらい簡単に稼げる仕事だったから。それが、AV女優でも普通の生活ができなくなるほど価格が急降下するとともに、普通の人が増えてきた。いまや風俗界は一般女性であふれかえっています。もちろん、やりたくてやっているのではなくて、彼女たちは口を揃えて『いくら悩んでも、選択肢は風俗しかない』と言うんです」
危険な変化を肌で感じとった著者は、東京とその近郊に暮らす貧困女性の取材を始める。東洋経済オンラインで発表すると(連載「貧困に喘ぐ女性の現実」)、1億PVを突破するなど、大きな反響を呼んだ。本書はその連載をまとめたノンフィクションである。
風俗で働き、“パパ活”で売春もする国立大学医学部の女子大生。ギリギリの生活を送る非正規の図書館司書。東大大学院卒、障害年金だけで2人の子を育てるシングルマザー……。貧困に喘ぐ女性たちの現実はそれぞれに衝撃的だ。
「貧困とひと言でいっても、家庭環境や健康状態をはじめ、その背景にあるものはさまざまです。ただ、共通しているのは、月3万~5万円程度のお金が足りないこと。そのために、若い女性は、風俗やパパ活という選択肢を取らざるを得ないんです」
一方、就労経験の少ない女性やシングルマザーらの働き口は限られ、多くは介護業界へと流れ込む。だが、そこは困窮した人々の巣窟だった。著者は一時期、介護の仕事にも携わっていた。本書には、その経験を含めて実態がつづられる。
「現場の酷さに驚きました。国家資格を持つ専門家が、手取り14万~16万円程度の低賃金で労働させられている。それでも、特別な能力のない人が社員として働ける可能性のある唯一の業界で、シングルマザーらのセーフティーネットとなっている半面、現場は低賃金や違法労働が横行しがちです。高齢者の介護のために下の世代が低賃金で働かされている現状を見ると、国が圧倒的な高齢者優遇社会をつくろうとしているとしか思えないんですね。風俗嬢やパパ活をする女性たちの客もまた、経済的に余裕のある中高年以上の男性です。でも、若者を苦境に追いやった先には、世代の分断しかないように感じます」
結婚や出産は普通以上の収入がある人の特権――、という非正規で働く女性の言葉には諦念がにじむ。貧困のもとには、規制緩和や法改正など、国の制度問題があると著者は指摘する。しかし、日本社会には貧困当事者に自己責任を強いる声が根強い。なぜなのか。
「まず、中流以上の人は、本当に苦しんでいる人たちの実態を知らないんです。で、彼らの論理でもって、もっと頑張れと言う。世の中は中流以上の人の声が強いため、そうした声ばかりが広がって、自己責任論が消えることはありません。なぜ実態を知らないかといえば、格差が固定化し、階級になりつつあるからですね。いまや付き合う人から入ってくる情報まで、収入で分断されています。年収200万円の人は、年収200万円の友達しかいない。経済的貧困は人間関係の貧困に直結し、貧困から抜け出せなくなっているのです」
貧困の真実を知ること。他人事でないと自覚すること。そこからスタートするよりほかはない。
(東洋経済新報社 1500円+税)
▽なかむら・あつひこ 1972年、東京都生まれ。大学時代から20年以上、AV女優や風俗、介護など、貧困という社会問題をフィールドワークに、取材・執筆を続ける。著書に「崩壊する介護現場」「日本の風俗嬢」「名前のない女たち」シリーズなど。