「落花」澤田瞳子著
時は平安時代中期。天皇の血を引く仁和寺の若き僧・寛朝は、辺境の地、坂東に旅立った。ただならぬ才気を秘めた楽人・豊原是緒から、「至誠の声」の教えを受けるためだった。
寛朝には楽才があり、中でも経典に節をつけて歌う梵唄に秀でている。だが、自分の歌には何かが足りない。音楽を究めたい……。
寛朝は、出家間際の11歳のとき、うたげの場で是緒の朗詠を耳にしたことがある。「朝には落花を踏んで 相伴って出づ」。美声とはほど遠い強靱な声は、一度聞いただけで心に刻まれた。その後、失跡した是緒が常陸国にいると聞き、青年僧となった寛朝は、幻の師を追って坂東へ向かう。同行を願い出た従僕・千歳は、音楽で出世しようとの野望を抱き、伝説の琵琶・有明の行方を探していた。
往時の音楽と、荒ぶる者たちの戦いの音が交錯する壮大な歴史小説。寛朝は旅の途中で豪族・平将門と出会い、浅からぬ縁を結ぶ。戦いに明け暮れる将門は、国にも法にも従わず、己の義を貫く男だった。
寛朝が詠ずる梵唄、嫋々たる琵琶の音色、春をひさぐ傀儡女たちが歌う催馬楽。大地を蹴る馬の蹄。宙を切り裂く刀。益荒男たちの笑い声。焼け落ちる寺。血に染まった屍。都から遠く離れた坂東で繰り広げられる恐ろしくも美しい時代絵巻から、音楽が聞こえてくる。直木賞候補作。
(中央公論新社 1700円+税)