「お願いおむらいす」中澤日菜子著
年に2回、春と秋に東京郊外の広大な公園の一角を借りて開かれる「あらゆる食のお祭り」、通称「ぐるフェス」を舞台にした連作集である。冒頭の一編は、主催者の話。とはいっても、「ぐるフェス」事業部に配属された新入社員の話である。
浜口太一24歳は売れないギタリストだったが、5歳年上の綾香の妊娠をきっかけに、ロック系雑誌の出版やイベントを主催している業界の老舗に就職する。「音楽業界に身を置く」ことに変わりはないと自分に言い聞かせるのだが、配属されたのは「ロックフェス事業部」ではなく、「ぐるフェス事業部」だったというわけ。音楽業界の老舗がまさかグルメイベントをやっているとは知らなかったのだ。というわけで、いきなりその会場に連れてこられるが、揉め事の連続に東奔西走。雨は降ってくるし、この仕事は絶対に自分に向かないと思うし、さあ、どうする太一、という短編だ。
対照的な人生を歩む姉妹を描くものもあれば、曲がり角のアイドルなどが語り手となるものもあり、さらには、中堅の家電メーカーをリストラされ、再就職もうまくいかず、この「ぐるフェス」をはじめ、いくつかのアルバイトを転々として生活費を稼いでいる男を描く短編まである。若者から初老まで幅広い作品集なのである。みんな負けるな、と声援を送りたくなってくるのは、この連作集の力だろう。おすすめだ。
(小学館 1500円+税)