「泉鏡花『怪異・幻想』傑作選」白水銀雪訳
木曽を旅していた境賛吉は、奈良井に宿をとった。他の客がいないときに知らせてくれるように頼んで、湯殿に行ってみたら、渡り板の通路を通っているとき、電灯がすっと赤くなって一斉に消えた。暗い中をつま先で探りながら脱衣場に向かうと、湯殿で湯が動く気配がして、霧で人肌を包んだような気が項をなでた。女中かと思って、「お米さんか」と声をかけたが、一息おいて「いいえ」という声が聞こえたように思った。思い切って「入りますよ、御免」と言うと、「いけません」と、澄んだ、それでいて湯気に濡れた声がはっきり聞こえた。(「眉かくしの霊」)
他に「天守物語」「高野聖」など、鏡花の幻想的な作品7編を収録。
(KADOKAWA 1300円+税)