「マンハッタンの狙撃手」ロバート・ポビ著 山中朝晶訳
何げなく読み始めたら意外に面白かった、という本が時にある。これはそんな本だ。
主人公の大学教授ルーカス・ペイジは、以前はFBIの捜査官だった。10年前に事故に遭い、今は義足と義手と義眼をつけている天才物理学者だが、FBI時代の同僚が射殺され、その捜査のためにFBIに戻って犯人を追いつめていく話である。
このルーカス・ペイジという男の幼少時代が何度も物語の途中に挿入されるが、これが切ない。彼は親に捨てられた子どもなのである。里親たちはルーカス・ペイジが利発な少年であることを知らず、彼の才能を見いだせなかった。5歳の誕生日の直前、彼は8番目の里親の家にいた。訪ねてきたソーシャルワーカーにプレゼントされたノートに、天体図を描いたことをきっかけに、彼の運命は変わっていくが、意見を言わず、目を合わさず、嫌われないようにいつもうつむいていたそれまでの少年の孤独が胸にしみる。
この設定が最大のキモ。普通のヒーローでは決してない。遠く離れた地点から、被害者の頭部を正確に撃ち抜く姿なき狙撃犯を追って、彼の推理がフル回転していくが、迫力あるアクションもいい。
法執行機関の者が次々に殺されるのは偶然なのか、被害者に何の共通項があるのか。その強烈な謎と、テンポのいい展開、そして隣人ディンゴをはじめとする脇役たちの造形もよく、まずはおすすめの一冊だ。
(早川書房 1260円+税)