「スナック墓場」嶋津輝著
注目すべき短編集の登場である。2016年に「姉といもうと」でオール読物新人賞を受賞した嶋津輝の第1作品集が本書なのだが、その受賞作が素晴らしい。
ヒロインの里香は高校生のときに幸田文を知り、夢中になるのだ。中でも幸田文の小説「流れる」にのめり込んで、芸者屋、それもできれば没落した芸者屋の女中になりたかった、というから変わっている。「流れる」の主人公が、芸者屋に住み込んだ女中なのである。
大学を出てから一度は普通の会社に就職したが、数年で倒産。次の仕事を考えていたときに思いついたのがずっと考えていた「女中になること」で、しかし平成の世に女中の求人はなく、仕方なく家政婦紹介所に登録して派遣の道を選ぶところからこの短編は始まっている。
2つ下の妹・多美子は、駅前のラブホテル「おぎの」でアルバイトしているが、それは老夫婦2人ではもうきついと「おぎの」のおばちゃんに頼まれたからで、大学を出たのになにもラブホテルでアルバイトしなくても、と父も里香もやんわりと反対したが多美子は聞かず、楽しそうに通勤している。
姉妹のそういうなにげない日々が、淡々と描かれていくが、描写力と造形力にすぐれているので、どんどん胸に染みていく。うまいなあ。じんわりと体が温かくなるラストまで、すてきな世界だなあと思いつつ、読み進むのである。
(文藝春秋 1400円+税)