「大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件」カーク・ウォレス・ジョンソン著 矢野真千子訳
超面白ノンフィクションだ。大英自然史博物館から、珍しい鳥の標本が盗まれた実際の事件を、克明な調査を積み重ねて描きだすのだが、そのディテールが面白いので一気読みである。
事件が起きたのは2009年だが、著者はなんと1848年から本書を始めている。アルフレッド・ラッセル・ウォレスが英国軍艦に乗ってアマゾン奥地に足を踏み入れるところから稿を起こすのである。4年間、アマゾン各地で集めた鳥の皮、卵、植物、魚、甲虫などの1万点に及ぶ標本が船の火事で燃える劇的なシーンが、本書の実質的なプロローグだが、ここを読むともうやめられない。
ウォレスは帰国後、今度はマレー半島に出かけ、8年間もさまざまなものを採集する。それらの大半は大英自然史博物館にいまも所蔵されている、と現代につながっていくわけだが、盗難事件はまだ出てこない。次は、大英自然史博物館に寄贈してトリング分館となった博物館をつくった男、ロスチャイルド家の放蕩者ウォルター・ロスチャイルドの半生を紹介し、さらに羽飾りファッションがはやり、釣りの毛針に使われるなどして鳥の乱獲が横行したという歴史を語り、ようやく盗難事件の主役エドウィン・リストが登場する。
最後は、トリング分館にはあまりに高価なものがほかにあり、それらが盗まれなかったのでリスト青年の盗難に博物館側がしばらく気付かなかったというのがダメ押しだ。
(化学同人 2800円+税)