「呑めば、都 居酒屋の東京」マイク・モラスキー著
著者が留学生として初めて日本の地を踏んだのは1976年。ホームステイ先は東京・葛飾区の京成線沿線のお花茶屋。お花茶屋の隣駅の立石は、今でこそ下町酒場の聖地として名を知られているが、当時はまだ無名の町。そんなところでいきなりディープな赤提灯ののれんをくぐる。日本の居酒屋のようなこぢんまりとした人情味あふれるローカルな空間はアメリカの都会にはなく、すっかり魅了される。
以来40年近く居酒屋に通い続け、「味覚と肝臓だけがすっかり日本人になっちまった」と著者。本書は、そんな著者が東京各地の居酒屋を飲み歩いた体験を記したエッセー集だ。
【あらすじ】本書で探訪している町は、溝口、府中、大森、平和島、大井町、洲崎、立川、赤羽、十条、王子、お花茶屋、立石……この地名を見るだけでも、著者の居酒屋アンテナの鋭さがわかる。日本の戦後文化史とジャズ音楽の研究者の著者は、居酒屋を紹介しながらも、ついつい文化的考察に話が及び、寄り道が多くなる。
たとえば、かつて赤線地帯であった洲崎では日本の遊郭文化を振り返り、基地の町、立川では在留米軍における人種差別の問題なども飛び出してきて、あたかもフィールドワークのようにその町の歴史と文化が語られていく。あるいは、大衆酒場ではなぜ「コの字形」のカウンターが好まれるかを、真っすぐなものとL字形のものと比較しながら考察したりと、自由自在。
とはいえ、それはあくまでもおつまみで、メインは居酒屋のたたずまいと酒と、そこに集まる人たちとの触れ合い。前もって調べることはせず、嗅覚のみでこれぞという店を探り当てていく。青い目をした飲んべえのなんとも愉快な居酒屋紀行。 <石>
(筑摩書房900円+税)