「東京」中野正貴著
オリンピック開催で世界中から注目される東京を30年以上にわたり撮り続けてきた写真家の作品集。
「東京主塔」と名付けられた冒頭の章では、さまざまな場所から眺めた東京タワーの風景が並ぶ。著者は東京スカイツリーが完成した現在でも「東京のシンボルと言えばやはり東京タワー」だという。氏が考えるシンボル像とは「如何なる気分で何処にいようとも、それが見えることで不思議と心が和み安堵感を覚える存在である」ことであり、この瞬間にも東京タワーを眺めながら頑張っている「東京人が何人かいると思うと勝手に連帯感が生まれ不思議と力が湧いてくる」のだという。
その言葉通り、首都高の延長線上に立っているかのように見える一ノ橋ジャンクションからの風景をはじめ、六本木のタワーマンションの工事現場やお台場、雨の夜の車からの眺め、そして東麻布のビルの一室からと、あるときは見上げるほどの大きさ、そしてあるときは探さないと分からないほどの小さい東京タワーがある風景をカメラに収める。それらの写真からは、誰もが抱く、思いがけず東京タワーが風景の中に現れた小さな喜びが感じられる。
続く「東京無人」の章は読者の意表を突くはず。銀座通りや渋谷の公園通り、新宿駅南口、国会議事堂周辺、代々木駅前、首都高宝町付近など。都内の名物スポットを撮影した写真なのだが、普段は道路を埋め尽くす車や歩道からあふれるほどの人が一台も、そして、人っ子一人写っていないのだ。まるで核戦争でも起きて人々が地下に避難してしまったかのように。
氏はどのように撮影したのか、その種あかしはしないが、その発想のヒントは学生時代の正月休みにカメラを持って出掛けた都心の閑散とした風景だという。
その多くはバブル崩壊後の20世紀末の東京の姿をとらえた作品であり、新しい世紀の東京はどうなるだろうと考えたときに「都市の部分的な各論ではなく大都市そのものと対峙した写真が必要だと感じ」撮影に取り組み、生まれた作品だそうだ。そして撮影を進めながら、これらの写真の「本当の主役はそこに写っていない人々であることに気がついた」ともいう。
その他、下町の今にも崩れそうな木造家屋や在りし日の築地、アメ横や浅草、繁華街の路地裏などの点景を集めた「東京切片」、スカイツリーや水天宮、銀座四丁目交差点、ビール会社の有名なオブジェなど、東京の名所をまるで額縁の中に収めるかのように撮影した「東京窓景」。そして、東京人の日常のドラマを切り取ったかのような「東京刹瞬」など、6つのテーマで複雑な顔を持つ「東京」の素顔に迫る。
氏は東京を撮るときにはいつも「愛憎半ばする矛盾を孕んだ視線で撮影を続けてきた」という。それは東京が既に取り返しがつかないほどに大切なものを壊してしまったからだ。
写真集の中でも1992年の、今の姿から想像もできない渋谷駅前など、かつてと今が交錯する。
写真家ならではの視点で切り取られた東京は、東京で暮らす人々の目にも新鮮に映ることだろう。
▼東京都写真美術館において同名写真展も26日まで開催中。
(クレヴィス 2500円+税)