「ワン・モア・ヌーク」藤井太洋著
新国立競技場にどうやって原子爆弾を持ち込むのか――。すでに原爆テロを予告しているのだ。都内は厳重な警戒態勢下にある。その中をどうやって持ち込むか。
ここが嘘くさいと全体のリアルが崩れ落ちる。作者はそこで周到な舞台をつくり上げる。新国立競技場が、国際コンペで一度は決まった設計をご破産にして別の設計者によってつくり直したものであることは、記憶に新しい。その最初の設計では、競技場の地下から下水道の千駄ケ谷幹線の支流が延びていたが、現在の競技場をつくったオールジャパンの設計チームは、追い出した外国人建築家の設計を下敷きにしながらも、著作権の侵害を恐れて図面を大幅に改ざん。そのときに下水道は消されたので、水道局の台帳にも記載されていない――というのである。その幻の支流をテロチームが見つけ出して、この計画がスタートする。リアルな物語をつくり上げるための、作者のこの工夫と計算に留意。
原爆テロを実行するチームが一枚岩ではなく、さまざまな思惑が入り乱れていること。それを捜査する側にも齟齬があって、すみやかに進まないこと。このあたりは常套的な展開といってもいいが、人物造形が秀逸なので、どんどん引き込まれていく。
物語は5日間と限定されている。爆発は3月11日午前零時。ワン・モア・ヌーク――もう一度、核を。テロチームのこのメッセージが読後も残り続ける。
(新潮社 900円+税)