「夕陽の道を北へゆけ」ジャニーン・カミンズ著 宇佐川晶子訳
緊迫感あふれる物語だ。メキシコからアメリカをめざす母子の息詰まるような逃避行を描くロードノベルだが、読み始めるとやめられなくなる。
著者の覚え書きによると、2017年、メキシコは世界でもっともジャーナリストの死亡率が高い国だったという。しかもその大半が未解決のようだ。本書の中でリディアの夫が麻薬密売組織の批判記事を書いたために殺されたのも(しかも一族皆殺しだ)、そういう現実が背景にある。
リディアと8歳の息子ルカはそのとき、たまたまバスルームにいたので助かったのだが、この母子の苦難はここから始まっていく。リディアは息子を連れてカルテルの力の及ばないアメリカに行くことを決意するが、カルテルの力はメキシコ全土に及んでいて、密告者はいたるところにいるのだ。その網をかいくぐり、母子は無事にアメリカにたどりつけるのか、という物語だが、貨物列車に飛び乗ったり、砂漠を徒歩で横断したり、その苦難の旅は波乱に富んでいるから目が離せない。
一緒に逃げるのはさまざまな事情をかかえた人々で、それらのドラマと秀逸な人物造形が彼らの旅に奥行きをもたらしていることは書いておかなければならない。さらに「移民は褐色の集団ではなく、独自の背景を持つ個人である」という著者の考えがこの背景にあることも書いておく。手に汗握る物語であるけれど、考えさせられる小説でもあるのだ。
(早川書房 3100円+税)