「検事の死命」柚月裕子著/角川文庫
いま、柚月裕子の小説にハマっている。「岩手県生まれで山形県在住」も山形県出身の私には一つのキッカケだったが、検事の「佐方貞人」という主人公の名前も私のサタカに似て気に入っている。しかし、それらはあくまでも読み始める入り口の理由で、何よりも作品の魅力がただならないのである。
現首相の安倍晋三はモリカケ問題や選挙違反事件で追及されぬよう、検事の人事にまで介入している。黒川弘務というお気に入りのロボットを検事総長にしようとしているのだから、とんでもない話である。
そんな「現実」を柚月の小説は一瞬でも忘れさせてくれる。
「現場経験がほとんどない、典型的な赤レンガ族」の検事正、鬼貫正彰に思惑があって呼ばれた佐方は、「なあ、佐方。お前さんも去年、特捜に駆り出されて痛い目をみているからわかるだろう」と言いながら、冷酒をつごうとする鬼貫に「お言葉ですが検事正」と向き直る。先輩の筒井が止めようとしてもダメだった。「自分は、罪をまっとうに裁かせることが、己の仕事だと思っています」と続けた佐方に、鬼貫は「なんだと」と気色ばんだ。「平検事が地検のトップに刃向かうとは思っていなかった」からである。
筒井は「下や横など見ず、上しか見ない」鬼貫を「海の底にへばりついている平目」と罵っている。しかし、あくまでも心の中でだった。ところが佐方は表立って言ってしまった。
そんな佐方がどういう運命をたどるか、柚月のペンは手に汗握って読者を飽きさせない。
私も若き日に、山形高教組庄内農業高校分会の「職場ニュース」で、校長や教頭をヒラメと批判したことがあった。
この前作の「検事の本懐」(角川文庫)で柚月は大藪春彦賞を受賞している。これについて先日亡くなった藤田宜永が「私は、佐方という検事の控えめだが、しぶといキャラクターに惹かれた」とし、「柚月さんの底力を感じさせる作品だった」と続けているが、その通りである。私はいま、生活保護の問題を扱った柚月の「パレートの誤算」(祥伝社文庫)を読んでいる。★★★(選者・佐高信)