「紳士と淑女のコロシアム『競技ダンス』へようこそ」二宮敦人著/新潮社/1650円+税
「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」著者による大学の競技ダンス部をめぐる小説だ。主人公・大船は二宮氏本人の分身ともいえるキャラのため、かなりの部分は同氏が経験したことだろう。
まえがきだけ読むとアホな展開が次々と続くのかと一瞬思う。衣装に関する記述だ。
〈僕も燕尾服を着ていたが、これが恐ろしく暑い。スーツを着るようなもので、汗だくになる。どうして正装して運動するのか? 何かが間違っている気がしてならない〉
ところが、実際に話が進むと、過去と現在が行き来して、「あの時のオレたちはなんであんなに未熟だったのか」的なやりとりを当時の仲間たちとする展開となる。部活をやめる人間やら、カップルでペアを組みたいけどそれが許されずに逡巡するさまなど、若者特有の悩みも描かれる。
大船が入学直後から4年生までに成長していくさまや、力を入れていなかったが故の後悔の1カ月などを経験する。ダンスそのものに夢中になってはいたものの、一時は思い出したくもない時間のように感じられたりしたことも。
かくして本書は当初想定していたバカとトホホと時々お色気、といった話ではなく、思ったよりも人間の内面やら人間関係をどう維持するか、リーダーたるものはどう行動するか? といった至極真面目な話になっているのである。
就職活動の時、面接官から競技ダンスについて「将来のこと考えたらさ、いくらでも他の選択肢があるわけじゃん(中略)時間の無駄にしか思えないけど」と言われ、大船は「お金のためでも、将来のためでもないからこそ。投げ出すわけにはいかないでしょう。相手だってそう……」と答え、その場を去ってしまう。今振り返ると未熟過ぎて恥ずかしさのあまり「うわーっ!」と取り乱してしまいそうなことも書かれ、自分事にできるのでは。
本書は一橋大学の競技ダンス部が舞台だが、私にはちょっとした因縁がある。学園祭の時、「何かを披露する」の2大巨頭の一つがこのダンス部だったのだ。大学から始める競技だけに、彼らは強豪であり、確かにうまかった。
彼らが踊る脇で我々はもう一つの雄たるプロレス研究会の試合をした。興行の時間はずれていたが、彼らは時間通りに終わらないこともあった。我々は「おいダンス部、てめぇらさっさと終われボケ! つまんねーんだよ! お客さんはプロレスが見てぇんだよ!」などと大音量で罵倒したことを思い出す。この場を借りて二宮氏にお詫びします。 ★★★(選者・中川淳一郎)