「鉄道について話した。」市川紗椰著/集英社
今年2月、JR浜松町駅で、ガンダムスタンプラリーのスタンプを押していたら、背中から声をかけられた。振り向くと、そこにはタレントの市川紗椰さんの顔があった。
思い出した。市川紗椰さんは、ガンダムファンであると同時に、熱烈な鉄道ファンでもある。しかも、私が「プチ鉄ちゃん」と揶揄されるほど中途半端であるのに対して、市川さんはタモリ倶楽部の鉄道特集に出演するほどの筋金入りだ。この時のスタンプラリーも、私が9駅で挫折したのに、市川さんは65駅全駅を制覇したそうだ。本書は、その市川紗椰さんが鉄道について語ったエッセー集だ。
筋金入りの鉄道ファンの困ったところは、細かいところにどんどん入り込んでしまうということだ。写真を撮ることだけに熱中したり、模型を作ることだけ、ラストランの列車を追いかけるだけなど、無数のパターンがあるのだが、それだといくら熱く語られても、一般人はついていけない。ところが著者は、実に幅広い。テレビなどのロケで全国を回れるという恵まれた立場にいることも理由だが、日本中の鉄道を網羅するどころか、海外の鉄道にも乗っている。実際に足を運んで、その体験を語っているので、説得力が高いのだ。
そして、もう一つ本書の特筆すべきことは、鉄道そのものではなく、鉄道の周りにも興味を広げているということだ。車窓の風景や、街の歴史や文化など、著者の教養の高さがあふれているのだ。
観察眼もするどい。沖縄のゆいレールの駅には名所や文化を題材にしたステンドグラスが飾られているが、その多くがパンフレットのラックに隠れてしまっているという。私は、もう100回以上ゆいレールに乗っているが、ステンドグラスの存在に気付いていなかった。
また、私が一番気に入ったのは、駅そば論評だ。駅そばは、時間がないときにお腹を満たすための存在だったのが、いまは相当進化しているという。描写力も高いので、著者のお薦めの駅そばは、一度食べに行こうかなと思ってしまう。
本書を読んだら実利があるというわけではないのだが、鉄道をもっと楽しめるようになることだけは、請け合いだ。
★★半(選者・森永卓郎)