「カメレオンの影」 ミネット・ウォルターズ著 成川裕子訳
軍歴のある一人暮らしの男が殴殺される事件が多発し、容疑者として尋問されたのが英国陸軍中尉のアクランド。彼は派遣先のイラクで、爆弾によって2人の部下を死なせ、自身も片目を失う重傷を負う。そのためか、部下たちを死なせてしまったという負い目が彼にはある。また生きることに投げやりなところもある。しかし、この男がなにを考えているのかは語られない。だから、とても不気味で、緊張感が漂い続ける。
そのアクランドが、黒い髪にメッシュを入れた短髪の大女、ジャクソンと知り合うのが次の展開で、2人のこの関係も不思議。たとえば「こまごました仕事はぜんぶ女友達にやらせ、豚みたいに食い、客を脅しておとなしくさせてから巻き上げた金の上でふんぞり返っている」とアクランドはジャクソンを評するのだが、それではジャクソンを嫌っているのかというと、そうでもない。どこかに、彼女に一目置いている風情がある。明言はしないけれど、そういう雰囲気がある。ちなみに、ジャクソンは医者で、レズビアンの恋人がいる。
ミネット・ウォルターズは、「氷の家」「女彫刻家」「鉄の枷」などでさまざまな賞を受賞している「英国ミステリー界の女王」である。デビューが1992年だから、30年選手だが、まだ全然衰えていない。本作も人間の心理の襞を絶妙に描いて、たっぷりと読ませる。まことにうまい。
(東京創元社 1400円+税)