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「香港デモ戦記」小川善照著

 昨年6月、香港で始まった民主化闘争。コロナ禍でいったん沈静化したようでいながら、実はそうではなかったのだ。



 2014年、香港における中国政府との対立が鮮明になった「雨傘運動」のイメージカラーは黄色だった。デモの現場での若者たちのファッションは多様で、笑顔も多かった。しかし昨年6月から始まった民主化運動では参加者はみな黒いTシャツ。イメージカラーは特にないが、全身黒のコーディネートが暗黙の決まりとされ、表情ははるかに硬い――。著者は雨傘運動の時から香港に通うノンフィクション作家。

 双方のデモは表面上似ているが、雨傘運動を失敗だったと位置付ける若者たちのあいだでは民主化運動は停滞ぎみだった。それが突如として逃亡犯条例の改正反対を叫んで激しい対決姿勢に転じたのである。著者は運動の現場に身を投じ、そこで目撃した出来事の細部を伝える。

 黒シャツ隊を取り締まる警察は「黒警」または「黒社会」とゴロツキ呼ばわりもされる。そこでデモ隊の連絡はセキュリティー性能の高いロシア製のアプリ「テレグラム」を使う。リーダーもなく統一名称もなく、デモはわずか30分前にネット上で決まることもあるという。

 キーワードは「水になれ」。香港の英雄ブルース・リーが残したことばだという。「小規模なグループがゆるやかに連携しながら、ときに集まり、ときに分散」する。雨傘運動のような長期占拠はやらない。代わりに市民生活を続けながら、警官隊と激しく対峙し、ひっそりと静まったかと思うとふいに激流になる。日本のアニメやマンガは反抗の物語が多いのに、なぜ日本では社会運動が起こらないのですか。そう聞かれてうっと詰まった著者の熱いルポ。

(集英社 860円+税)

「香港、ファシズム」HAPAX編

 香港のデモに集まる若者たちはコロナ禍の前から黒いマスクとフードで顔を隠してきた。激しい武力抵抗を辞さず、SNSを使って神出鬼没の彼らは「勇武派」と呼ばれる。名前は闘争的だが、大半は少年少女といいたくなる10代20代。ヘルメットと防具に身を固め、「ロボット戦士さながら」の警察はひょろりと痩せた彼らを標的にこん棒をふるうという。

 本書はネット上で独自の思想運動を展開する「HAPAX」のメンバーによる香港取材の報告。ネットに掲載されたデモの活動報告の翻訳も含め、ネット時代の「革命」の熱気を体現しようとしているのがわかる。習近平体制が唱える「中国夢」は安っぽいアメリカンドリームの単なる別バージョンではないのか。そう問いかけている。

 なお後半に収録された「ファシズム」は別の特集企画だが、「人民の狂気をも動員しようとする」ファシズム分析は一党独裁の「人民国家」における全体主義にも当てはまるかもしれない。

(夜光社 1500円+税)

「香港と日本」銭俊華著

 香港から東大の博士課程に留学中の著者。母は中国・広州の生まれだが、本人は親戚の家で過ごした以上の経験はない。それでもパスポートは「中国」。また「英国海外国民」のパスポートもある。だが、自分で「英国人」を名乗ることもなく、育ったこともない。

 日本の大学で出会った友人たちは著者をたいてい「中国人」または「台湾人」と間違える。「雨傘世代」に属する著者は19年に始まった現在の運動はより若い世代のものとも感じるという。「香港」とは一体何か。著者は香港を「準都市国家」と呼ぶが、その内実は必ずしも明確ではない。むしろ著者の関心は世代と時代によって微妙に変わる香港のアイデンティティーや、「反日」からドラえもんや浜崎あゆみに懐かしさを感じる世代までの日本との関係の違いに向けられる。デモで合言葉になった「勇武」ということばも日本アニメの影響からだという。

 論文ではなくエッセーや断片的なメモふうの覚書ならではのリアリティーにあふれている。

(筑摩書房 920円+税)

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