「香港のてざわり」大山顕著
見る者を圧倒する香港のビルに魅せられた著者が、「もっぱら表面に注目して愛でてまわった」成果を集めた写真集。
香港の古いビルを眺めていると、外壁に取り付けられた大量のエアコンの室外機が目につく。これらがすべて熱交換をしていることを思い浮かべると、次第に汗腺のように見えてくるという著者にとって、「ビルの表面は皮膚」であり、ゆえに書名に「てざわり」という言葉を用いたと記す。
Tai Koo駅近くの「Eastern Centre」ビルは、周囲を近代的でつるりとした手触りの建物に囲まれながらもその一角だけ香港らしさを保っている。正面から見ると四角四面のビルなのだが、その壁面のところどころに固まったり、まばらになっている室外機が、実にいいアクセントとなり絶妙の手触りをつくり出している。
古いビルと室外機の景観に、「東洋の魔窟」とも呼ばれたかつての大スラムビル群「九龍城砦」の在りし日の姿を思い浮かべる人も多いのではなかろうか。
Whampoa駅近くの「Eldex Industrial Building」は、同じく外壁に室外機を並べながらも壁面がスカイブルーに塗られ、その全体的にメカっぽさが「一昔前の家電製品か業務用サーバー」を彷彿とさせると著者はそのカッコのよさにしびれる。
愛でるのは、古いビルだけではない。階層ごと整然とはめ込まれたスリットが微妙なパステルグリーンのグラデーションをつくり出している「Ying Wa Girl’s School」や、道を挟んだその向かいにある菓子メーカー「Garden」の長いひさしとピンクと白の配色がなんともかわいい本社ビルなど、近代的な建物の手触りももちろん堪能。
また香港のビルを語る上で欠かせないのが建物の角の丸みだという。風水にもとづいた施工のようだが、著者は「かわいくするためとしか思えない」とその丸みの手触りも愛でる。
一方で、ご存じのように香港では建築や改築の際に組まれる足場にすべて竹が用いられるので、その手触りは独特でチクチク痛そうだという。
日本の団地と異なり、香港のそれはなんともカラフル。オレンジやイエロー、パープルなどビビッドな色で、見ているだけで楽しくなる。そんな団地のひとつ「Hing Wah Estate」は、11の巨大棟で構成されているのだが、その一棟の17階部分の外壁には、なんと通路が張り付いている。エレベーターとこの通路は、ほかの建物の住民のための公共道路になっているそうだ。
住宅にはベランダがなく、高層階でも窓から突き出した物干しざおに洗濯物が満艦飾のようにはためき、住民たちのバイタリティーを象徴しているかのようだ。かと思えば香港ではお墓も高層団地式で、それもまた香港の手触りだという。
一国二制度など、世界の注目が集まる香港を全く独自の視点でとらえた写真集。これもまた香港のひとつの姿であることは間違いない。
(本の雑誌社 1400円+税)