「荒木経惟、写真に生きる。」荒木経惟著
傘寿(80歳)を迎えた天才アラーキーの写真人生を振り返る豪華ビジュアルブック。
これまでに550冊以上の写真集を発表し、「写真を撮ることは、脈打ったりとかさ、呼吸することと同じ」と言う氏が、60年に及ぶその写真人生を作品とともに振り返り、その人生を彩ってくれたさまざまな出会いを語る。
有名無名を問わず数え切れぬほどの人間にカメラを向け、「被写体に育てられた」という氏は、まず印象的だった樹木希林ら3人の名優たちとの出会いを語りだす。そのひとり、笠智衆を撮影するときには、初めて買ったライカで臨んだという。小津安二郎監督がいつもライカで撮っていたので、笠智衆を撮るならライカで撮らなければと思ったそうだ。
そのときの名優はすでに晩年で、病気も抱えていたというが、写真では口元にほほ笑みを浮かべ、挨拶をするかのように片手を挙げている(写真①)。
その笑顔と手の具合に「『こんにちは』と『さようなら』が同時に写っている、自分の写真に生と死を一緒に撮ったというのを、気づかせてくれるんだよ、向こうが」と著者は言う。
さらに、下駄屋だったがアマチュアカメラマンとして小学校の卒業写真集の撮影まで頼まれていたという父親の思い出に触れ、父親と母親の死を撮影した折に、フレーミングとアングルの大切さに気付いたと明かす(写真②)。
後に妻となる陽子さんと初めて会ったときのショットもある。広告会社に勤務中、会社の案内誌に載せるために各部署を撮影するときに撮られたもので、無意識とはいうが、その写真からすでに陽子さんは画面の中心に据えられている。
「俺を写真家にしてくれたのは陽子」という通り、彼女との新婚旅行を撮影した私家版写真集「センチメンタルな旅」が著者の実質的な処女作となる。
30年前、その陽子さんは病気のため夫を残し早逝するが、著者は「陽子と出会い、陽子との結婚から『センチメンタルな旅』は始まった。新婚旅行のこともそうだけど、人生そのものがセンチで、それは今も続いている」という。
さらに、無名時代にカメラ雑誌で16ページのグラビア特集を企画してくれた恩師の桑原甲子雄や、その作品に嫉妬したという森山大道、1980年代を席巻した伝説の雑誌「写真時代」を二人三脚で作った編集者の末井昭、著者が世界で一番好きな写真家だというロバート・フランクや芸術家の草間彌生との交流、そして愛猫チロとの思い出まで。ポートレートから緊縛ヌードまで、ジャンルを軽々と超えて多彩な作品を撮り続けてきたその人生を語る。
巻頭には「傘寿いとし」と題した撮り下ろし作品を収録。豪華な花々と豊満な女体や怪獣、古ぼけた人形などのオブジェ、そして毎晩飲んでいるという養命酒のビンなどが組み合わされた、まさにアラーキーワールド全開の作品からは、生と死、エロスとタナトスという氏の人生を貫いてきたテーマがにじみだす。
(青幻舎 3500円+税)