「夢でもいいから」亀和田武著
無名時代の三谷幸喜のカラオケを聞いただけで、コイツ天才だと直感したときのこと。デビュー直後にインタビューした尾崎豊のこと。三茶で飲んでいたらコント赤信号の小宮孝泰が現れて、親戚のオジさんが川崎長太郎であることを知った夜のこと。芸能人や作家、プロレスラーに歌手、さらには政治家やテレビの裏方まで、意外な顔や行動、会話などを掘り起こして、さまざまな人生の断面を鮮やかに再生してみせる傑作エッセーだ。
著者は、1980年代半ばから10年以上、ワイドショーの司会やコメンテーターを務めたので、テレビ業界の裏側も熟知している。本書にはそういう話がてんこ盛りだ。ゴシップ好きを公言しているほどだから、あのとき誰がどう言ったか、という細かなことを実によく覚えてもいる。ゴシップは細部が命だから、亀和田武の筆にかかるとそれらが鮮やかによみがえるのだ。
たとえば、テレビ朝日のスポーツバラエティー番組「リングの魂」で、「史上最強の格闘家は誰か」をテーマにしたときのことが出てくる。ミッキー安川の破天荒さが印象を残すが、ターザン山本が「宮本武蔵!」と言いだすなど、めちゃくちゃで楽しい。白眉はラストの内田裕也の回。口癖だったという「シェキナベイベエ」が行間から聞こえてきそうだ。ところで、雑誌掲載分102回から今回は24本を収録したとのこと。厳選したとしてもあと1冊は編める。早急に検討されたい。
(光文社 1800円+税)