「夏は幻」Iska著
SNSで人気の抒情写真家の作品集。
地元の京都を中心に、心に留まった四季折々の風景を切り取る。
空が好きで、日々の空を眺めて撮っていた初期の頃の思いを重ね、空の「sky」をもじって「Iska」のハンドルネームを名乗っているという。その言葉通り、ページを開くと緑蒸す土手の上に白雲が湧く青空の写真、そしてブラシで空をなでたような薄雲をはじめ、さまざまな形の雲が夕焼けの予感をさせる色に染まった空を背景に、女性のシルエットが浮かぶ写真と続く。
印象的な2枚の作品に続くのが、書名にもなっている「夏は幻」の章だ。こうした写真集の多くは、春から始まるが、本書は著者が季節の中でも特に好きだという夏から始まる。
宇宙を思わせる紺碧の空を貫く電線と、陽光を後ろから浴びてその縁が発光しているかのように輝く雲、夕立の気配とともに踏切の向こうから近づく雲、そして緑深き農道の向こうの山々の稜線から湧き立つ入道雲と、かなたに見える高圧電線の鉄塔がつくり出す風景など。夏の空の写真がまずは並ぶ。
他にも海やひまわりなどが登場する作品を眺めていると、なぜか家の外で夢中になって遊んだ少年時代の夏休みの日々が脳裏に蘇る。
著者自身も、夏の何げない風景を撮っている時に「ふと子どもの頃に夏の公園で虫捕り網を持って虫を捕っていた感覚と重なる瞬間」があるという。好きなものを、好きな瞬間をひたすら夢中になって撮っている今は、虫捕り網がカメラに変わっただけだと。
作品には時折、1人の女性が登場する。土手の上で一陣の風にスカートの裾を膨らませた女性の写真に続き、突然消えたかのように彼女が不在の同じアングルの写真が並ぶページをはじめ、風鈴がつり下げられた叡山電鉄の鞍馬駅のホームや、下鴨神社、巨木がそびえる鞍馬寺の森など、後ろ姿の女性が風景のなかに読者を導こうとしているかのようだ。
女性によって作品の中に紛れ込んだ読者も、登場人物のひとりとなって作品の中で物語が動きだす。それぞれの作品から始まるのは、少年時代の夏休みを思い出すような、どこかに切なさをはらんだ物語だ。