「すみなれたからだで」窪美澄著
3年前のその日、「私」は五日市線の終着駅でバスを待っていた。父親が入居する予定の老人施設に手続きに向かうためだ。
20年以上前、私は毎週末、この駅に通った。子供の父親が駅の近くに住んでいたのだ。彼とはただ会って、山の中を歩き、話をした。誰もいない山道を歩いていると、時々、この人に首を絞められるのではないかという不安に駆られた。彼との結婚生活が行き詰まり、鬱になり、心療内科に通うようになってその理由が分かった。子供の頃、父親に手を引かれ山中をさまよった記憶が蘇ったのだ。当時の父は、この世から消える場所を探していた。(「父を山に棄てに行く」)
性をテーマにした作品からノンフィクションに近い私小説風まで9つの物語を収録した短編集。
(河出書房新社 680円+税)