「逆・タイムマシン経営論」楠木建、杉浦泰著/日経BP
本書は、「同時代性の罠」に陥って経営判断を誤らないように近過去に学ぼうと提言する経営書だ。同時代性というのは、世の中を虜にするブームのことだ。その弊害は、私自身も強く感じていた。
本書でも取り上げられているが、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、日本はIT革命論に沸いていた。何でもインターネットに乗せれば、ビジネスがうまくいくという神話が生まれた。だからeコマースにとどまらず、e物流、eラーニングからe人事という言葉まで登場した。当時、外資系コンサルティング会社が、IT革命に対応するためのマニュアルを、オーダーメードを装って1本1000万円程度で企業に売りまくっていた。私が、ある大手家電メーカーの人事部で、インチキe人事の話をしたときに「それは、これのことですか」と書棚からマニュアルを取り出してきた。1000万円はすでに支払われた後だった。
もちろんITは革命的な技術だ。しかし、人間はすぐには変われないから、需要は時間をかけて変化すると本書は指摘する。慌てふためく必要はなかったのだ。
本書には、1980年代のSIS(戦略的情報システム)から最近のサブスクリプションまで、同時代性の罠をもたらした豊富な事例が登場する。そこでは結末まで含めて、歴史がきちんと調べられている。歴史に基づく話が具体的だから、とても分かりやすい。ただ、経営論としての本書の一番の特長は、余計な精神論がないことだ。事実に語らせることが、説得力を高めているのだ。
そして、本書は経営論にとどまらず、経済書としても高い価値を持っている。それは、同時代性の罠が、ほとんどの場合、株価のバブルをもたらしてきたからだ。その意味で、いまの株式市場の活況の主役となっている電気自動車、人工知能、第5世代通信、そしてニューノーマルといったテーマが同時代性の罠をもたらしているのではないかと私は感じている。確かにトレンドに乗った投資をすれば儲かるのだが、その後に大きなしっぺ返しが来るのも事実なのだ。
その意味で、本書は経営に携わる人だけでなく、投資家にも大きなヒントを与えてくれる好著だ。 ★★半(選者・森永卓郎)